本メルマガは、IoT価値創造推進チームの稲田修一リーダーが取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。 

 今回は、国内農機最大手クボタのKSAS(クボタスマートアグリシステム)を取り上げます。取材時に感じたのは「一貫した戦略」の存在。日本農業とその担い手となる農家が抱える課題解決のトータルソリューションがまずあり、その実現のためにICTやIoTを上手に活用しています。一貫した戦略があることで全社的な取り組みが促進され、効率的な開発や実証につながっているように感じました。

【ここに注目!IoT先進企業訪問記(10)】

日本農業の担い手となる農家に寄り添い体系的な価値を創造-KSAS(クボタスマートアグリシステム)

 スマート農業の軸となるのは、①データ活用による農業の精密化(農地や農作物の状態をきめ細かく観察・制御し、農作物の収量及び品質の向上を図ること)、②農機運用の自動化による省力化です。クボタがスマート農業に関する研究開発を本格化させたのは2010年頃ですが、同社の対応で素晴らしいことは、研究開発を進めるだけでなく多くの農家との対話で現場の課題や悩みを把握し、この解決策をトータルに考えたことです。

1.日本農業の課題「小規模農地の集積」に対応

 農業従事者の高齢化に伴い、日本の農家数は減少を続けている一方、離農農家が有している農地の耕作引き受けなどにより、農地の集積が進んでいます。もともと農地規模が大きな北海道を除いた46都府県の農地全体に対する10ha以上の農地の割合は、2005年の11.0%から2015年には27.1%に達しています。「北海道以外の日本の農家は小規模」という一般の認識とは異なる現状になっているのです。

 農家の大規模化は国際競争力のある強い日本農業の再生には良いことですが、その当事者である農家との対話で分かったのは、小規模な農地が集積された日本ならではの課題でした。それは、分散した平均面積0.2~0.3haの狭い圃場(ほじょう)注1を多数抱えていることです。例えば、50haの農地を持つ稲作農家と言っても、圃場が一か所にまとまってあるケースは少なく、分散した200か所以上の圃場を利用していることも珍しくありません。しかも場所ごとに圃場の形や土壌が異なり、栽培に適した品種も異なることから、耕うん・田植えから収穫に至るまで圃場ごとに栽培プロセスを管理せざるを得ず、その作業に追われているのです。

注1:農業分野では、田、畑、果樹園など農産物を育てる場所のことを「圃場」と呼びます。区画された農地のことです。水田や畑ではあぜ道などで区画された0.2~0.3ha程度のものが一般的ですが、圃場整備により1ha程度や3ha程度の大規模なものも出現しています。

 また、規模拡大で増加した作業者の管理が十分にできず、それが収量や品質の低下につながっていること、省力化や作業負担の軽減が必要なこと、生産コストの削減や生産品の高付加価値化も必要であることなど、さまざまな課題が積み重なっていることも分かりました。

 クボタが考えた課題解決策は、圃場や栽培の管理プロセス改革を支援するKSASと自動・無人化農機の開発です。現在、あらゆる分野でパラダイムシフト(時代を支配する考え方の変化)が始まっており、ものづくりでは、図1に示すようにピラミッド型から逆ピラミッド型にゆっくりと価値構造が変わっています。今までは市場変化が緩やかで、企画・開発部分の価値が比較的小さく、生産に大きな労力や資金を投入し価値を創造していました。でも、これからは生産プロセスの自動化・均一化が進み、この部分の価値は相対的に小さくなります。

 一方で、市場が一層流動化・細分化するので、的確な市場分析で何を作るのかをタイミングよく決定し、必要な要素技術を準備し、販売を含めたプロセスを改革し、全体を最適化することが価値創造につながります。もちろん農業では、①自然環境や土壌などの影響が大きく、きめ細かな生産制御が求められる、②企画から収穫・販売までの期間が長く、プロセス改革の速度を上げることが難しいなどの制約がありますが、その基本はものづくりです。同社の解決策は、農業分野における価値構造変化への対応を支援するものなのです。

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【出所】KMC 佐藤 声喜社長作成資料をもとに筆者作成
図1:ものづくりの価値構造の変化

 

2.農業経営改革を支援するKSASの営農支援機能

 KSAS(クボタスマートアグリシステム)は、農機の稼働情報と圃場・作業・収穫に係わる情報を一元的に管理し、「見える化」することで、データに基づくPDCA型の農業経営を実現します。現在のKSASの主な機能は、①農機に装備した収量センサと食味センサにより、収穫時に収穫場所と収量・食味データを取得する、②圃場の登録・管理を電子化し、スマートフォン経由で簡便に作業指示を行う、③作業記録の作成を容易にすることなどです。

 複雑になった営農管理を効率化するには、ICTやIoTの手助けが不可欠です。KSASでは多数の圃場を電子地図上に登録し、クラウド上で作業計画を作成できるようにしました。作業者はスマートフォンに送られる作業計画(作業する圃場や作業内容)に従って作業を実施し、作業後は写真データや作業完了報告を送付します。一方、収量センサ、食味センサを備えたKSAS対応農機からは、スマートフォン経由で位置情報を含む農機稼働情報、収量・食味情報がクラウドに送られます。施肥については、田植機の施肥量電動調量ユニットが圃場ごとに量を自動調整し散布します。

 このような仕組みの構築で、栽培プロセスの効率化や「見える化」が進展します。圃場ごとに投入労力と作業の進捗状況、農機の稼働情報、施肥量、生産物の収量や品質(食味センサ情報)などのデータが整理され提示されます。農業経営者は、パソコンなどの画面上でこれを確認し、作業計画を改善します。KSASの助けをかりて「作業計画⇒栽培・収穫⇒データ収集⇒作業計画の改善」というPDCAサイクル注2を回すのです。そして、圃場ごとの施肥量や作業人数・時間を適正化して農業経営を改善し、同時に食味の改善・安定化と収量アップを実現できるのです。まさにKSASは、栽培プロセス改革のツールとその実現に必要な要素技術を提供し、農業の価値構造変化への対応を支援するのです。

注2:「PDCAサイクル」とは、生産や品質などの管理手法の一つで、Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4段階を繰り返し、業務を継続的に改善します。

3.KSASの進化と必要になる消費者への視点

 KSASはまだ進化途上です。現在は、各種農機とのデータ連携などによるPDCA型農業の実現を達成したSTEP1の段階です。

 今後さらに高度化を進め、STEP2では次のとおり日本型精密農業を確立する計画です。

  1. 圃場内の土壌や生育環境、生育情報、収量のバラツキをセンシングし、圃場単位からさらにきめ細かな施肥を可能とする可変施肥の実現
  2. 生育情報、気象情報、土壌情報、水管理情報などのビッグデータを活用し、品種ごとの生育予測や病害虫発生予測、外部環境の変化に応じた作業計画や水管理計画の最適化など、栽培プロセスの適正化・効率化

 さらにSTEP3では、会計システムや販売システム、市況情報などの外部データ、圃場水管理システムなどと連携する予定です。そして連携することで得られるビッグデータをAI(人工知能)で分析し、農家の利益を最大化する事業計画や作付計画の作成支援など、高度営農支援システムを構築することとしています。(図2参照)

 IoT活用では、メーカとビジネスユーザという2つのビジネス主体(B)の関係で価値創造を考える「B to B」モデルから、ビジネスユーザの先にいる消費者(C)を加えて価値創造を考える「B to B to C」モデルに進化することが多々あります。KSASがSTEP2、STEP3へと進化すると、これまでの農家に寄り添う「B to B」の視点だけではなく、消費者を入れた「B to B to C」の視点を取り入れることが必要になります。

 気象データや土壌データ、それから市場データを参考に、どの作物や品種を選択し、どのような食味を実現したら消費者に喜んでもらえるのか、消費者が受け入れる価格水準はどれくらいか、販売促進につながるマーケティング戦略や流通ルートをどう選択するかなどです。

 これを実現する鍵は、広報やマーケティング、食品加工、食品流通など異なる業種との協創や協働です。今後、同社が自動・無人化農機の開発・高度化によって、生産プロセスの自動化に貢献するとともに、消費者の視点を取り入れることでKSASをさらに進化させ、日本農業とその担い手である農家の価値構造変化への対応を強力に支援していくことを期待したいと思います。

 

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【出所】 クボタ取締役専務執行役員 飯田 , 「クボタの次世代農業への取り組み」, クボタ技報No.51, Jan. 2018.
図2:KSASの進化の方向性
 

今回紹介した事例

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データに基づくPDCA型農業ソリューションの提供-KSAS

 当社では、担い手農家が経営規模を拡大する中で、多数の圃場の適正管理、作業者の負担軽減、生産品の高付加価値化などの課題解決が急務であり、この解決には、データに基づく新しい農業経営が有効だと考えた ...続きを読む

 
 
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