本メルマガは、IoT価値創造推進チームの稲田修一リーダーが取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。 

 今回は、日立の「交通データ利活用サービス」を取り上げます。

【ここに注目!IoT先進企業訪問記(15)】

多様な交通ビッグデータの連携活用に向けた第一歩-日立の「交通データ利活用サービス」

1.     いろいろな局面で活用が期待できる交通ビッグデータ

 交通分野では、すでに大量のビッグデータが収集されています。例えば、バス事業者は、バスロケーションシステムで収集するバスの運行データや乗客の乗降に関する統計データなどのビッグデータを持っています。高速道路事業者は、料金所の通過データや双方向の通信機能を有するプローブ注1車載器から得られる車の走行経路情報などのビッグデータを持っています。

 これらの交通ビッグデータの活用には、高いニーズがあります。利用者の利便性向上やビジネスの適正化につながるからです。バス事業者の場合は、バス路線ごとに時間帯別や走行区間別の乗客人数を把握できるので、このデータに基づく路線の新設や増便、減便など、より適切な運行計画の策定が可能になります。また、乗客が少ない時間帯の乗車にポイントを付与するなどの混雑対策や沿線でのイベント開催といったマーケティング施策の効果把握などにも使うことができます。

 一方、高速道路事業者の場合は、各道路における車両の混雑状況や区間別の走行所要時間の把握および予想を行うことにより、より正確で迅速な渋滞情報の提供やメディアを通じた通知、迂回誘導などによる交通量の適正化・分散化などが可能になります。また、路線別の収益を明確化し、経営改善の指標として活用することも可能です。

 このようなニーズを踏まえ、日立は、データフォーマット変換機能を含む交通ビッグデータ分析用のシステムやソフトウェア群を交通データ分析プラットフォーム(図参照)として開発し、2018年4月から「交通データ利活用サービス」の提供を始めました。具体的には、バス事業者に対しては、バスの乗降に関する統計情報や車両位置情報をビッグデータ分析し、輸送需要の発生・集中する地点や需給状況を地図やグラフで表示し、運行計画の見直しや路線改良などの検討に役立てるサービスなどを提供しています。

 また、高速道路事業者に対しては、高速道路でのプローブ情報や蓄積された交通ビッグデータを活用し、実体に近い交通量を算出すると同時に、各道路における車両の混雑状況や各区間の所要時間を地図やグラフなどで可視化し、今後の交通需要予測などに活用するサービスなどを提供しています。

図:交通データ分析プラットフォームの概要
出典:北原他「データが変える都市交通の未来」,日立評論Vol. 100, No. 3(2018年5月), pp.50-54.より
 

2. 社会を変えるデータの連携活用-成功の鍵はデータ変換ツール群の整備

 交通ビッグデータの活用範囲は、一交通事業者や交通分野に閉じるものではありません。将来的には複数のバス会社が混在する地域におけるバス運行の最適化や電車・バス・タクシーなど異なる交通手段の連携など、交通システム全体の最適化に拡がります。さらには、地域の購買データや人の移動データなど他のデータと組み合わせて活用することにより、商業施設の立地、新たな都市計画や街づくりのための情報源として使うことも可能です。また、気象情報やイベント情報と組み合わせて活用すれば、人出や売上の予測にも使うことができます。

 このように、交通ビッグデータの活用は大きな可能性を持っています。しかしながら、現実には、スマートフォンからのGPS情報や、カーナビゲーションシステムからのプローブ情報の活用以外は、あまり進んでいません。その原因は、バスロケーションシステムなど多くの交通情報システムは、一事業者に閉じたクローズなシステムとして構築されており、収集するデータの種類やデータフォーマットが統一されていないためです。この不統一が社会に役立つビッグデータの有効活用の障害となっているのです。

 このデータフォーマットの不統一に対して日立が採用した解決策は、技術的に極めてオーソドックスなやり方です。「交通データ利活用サービス」へのインプットデータのフォーマットを共通化し、さまざまなフォーマットのデータをこの共通フォーマットに変換することで、データ形式に依存しないデータ活用を可能にしたのです。

 しかしながら、サービス提供に当たり同社が苦労しているのは、まさにこの変換の部分です。データ分析を経験された方はよくご存知ですが、データを分析できる形にする作業には手間とコストがかかります。この手間とコストの必要性を顧客に納得してもらうことが難しいのです。特に、カスタマイズに慣れた利用者は、将来のデータ連携の妨げになることを認識せずに、自社のデータフォーマットに特化したサービス提供を求める傾向があります。したがって、このような変換に伴う利用者側の不便や不満を和らげる解決策の準備が不可欠です。それは、さまざまなデータ形式に対応したデータのフォーマット変換ツールを開発し、提供することです。

 このフォーマット変換ツール群の整備には、交通ビッグデータを活用したい利用者サイドが主体となるやり方とサービス提供者である日立が中心となって行う方法の二つの方向が想定できます。いずれの場合もポイントとなるのは、開発したソフト群をオープンソース化し、「交通データ利活用サービス」を使いたい人は誰でも使えるようにすることです。この開発作業を効率化するサポートツールを準備したり、既存のデータ統合ソフトを部分的に活用することも考えられます。また、フリーミアム(freemium)注2の手法を活用し、「交通データ利活用サービス」の利用意向を高め、利用者サイドでのフォーマット変換ツール群の整備を加速するやり方も考えられます。

 近年、日本企業が世界市場でイニシアティブを取れなくなっているのは、この「オープン化」に二の足を踏む企業が多いことが一因です。世界ではソフトの重複開発を回避し、開発コストを下げるため、共通に利用できるソフトをオープン化する流れが主流となっています。自社開発したソフトを勇気を持って市場に提供すると同時に、関連するソフト群を集積する仕組みを構築し、コミュニティの力を借りて必要なソフト開発を実施したり、開発したソフトの使い勝手の向上など、より良い形にスピード感を持って進化させることが求められる時代なのです。もちろん、この場合にオープン化する部分とクローズに保つ部分を戦略的に区分するとともに、中心となる企業がコミュニティ活動で汗をかくことが必要なのは言うまでもありません。

 このフォーマット変換は、「交通データ利活用サービス」の普及に当たりボトルネックとなる部分です。でも別の見方をすれば、他社に先駆けて誰もが自由に使える形にツール群を整備し、変換の手間とコストを省くことができればサービスを効率的に提供でき、同時に交通ビッグデータの利用全体に関しイニシアティブを握ることが可能です。今後、同社がどのような戦略を展開するのかは現時点では明らかではありませんが、クラウド上で展開されるさまざまな交通ビッグデータ統合活用の進展、自動運転などの進展に伴うモビリティのサービス化の流れを踏まえた同社の取り組みに注目していきたいと思います。

注1:車両に取り付けたカーナビゲーションシステムから得られる移動軌跡情報(緯度経度、時刻など)のこと。カーナビゲーションシステムはGPSを搭載しており、これにより移動軌跡を把握している。

注2:基本機能の無料サービスと高機能な有料サービスを組み合わせ、収益を得るビジネスモデル。free(無料)とpremium(割増金)を組み合わせた造語。

 

今回紹介した事例

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多様な交通ビックデータの 分析を可能とする
日立「交通データ利活用サービス」

 IoT・ビックデータ時代の到来により、収集したデータを活用した経営効率化や顧客サービス向上の機運が高まってきた。当社は、これらの交通関連技術を、サービスとして体系化することによって顧客課題の解決が可能となると考え、本サービスの開発に着手し、商用提供を開始した。...続きを読む

 

 
 
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