本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、ベンチャー企業のドローン・ジャパン株式会社(本社:東京都千代田区)のドローン農業を取り上げます。

【ここに注目!IoT先進企業訪問記(24)】

ドローンの眼で省人化と品質向上を実現-ドローン・ジャパンの精密農業への取り組み

1.社長はIT業界出身

 根っからの農業従事者という風情あふれる勝俣喜一朗代表取締役社長(写真)ですが、実はIT業界出身です。マイクロソフトで20年以上に渡り、Windowsのマーケティングに携わっていました。農業分野におけるドローンの可能性に注目し、ドローン・ジャパン株式会社を起業したのは2015年です。「農作業の現場ではブヨにやられる。だからつなぎと長靴が必要なんだよ」と明るく笑う勝俣社長の農業改革のアイデアと同社の取り組みをご紹介しましょう。

 ドローン・ジャパン代表取締役社長 勝俣喜一朗氏

 

2.ドローンに注目した理由

 勝俣社長はWindowsパソコンの設計・企画を行う中で、農家向けに情報通信技術を活用する方策を考え始めました。社内の有志を募り、知見を得ることを目的に農家の訪問を繰り返す中で気付いたのは、ドローンの活用によって篤農家の暗黙知を形式知に変えることができそうだということでした。

 ドローンを活用すると、自動的に膨大な画像データを収集することができます。そして、データ分析ソフトを活用することにより、作物の生育状況やその問題点を自動的に「見える化」することができます。農家が情報通信技術の活用に失敗する大きな原因の一つが不十分な情報入力なのですが、この手間をなくせるという観点からドローンに注目したのです。

 

3.ドローンが収集するデータの価値

 篤農家注1は圃場注2の環境や土壌の違い、水温の違い、前作の影響などさまざまな観点から作物の生育状況を観察しています。そして生育状況の不揃いや病虫害の発生などを早期に発見するため日々圃場を見て回り、これらの異常を発見すると施肥や農薬散布などの対応を行います。

 この生育状況の数値化は、ドローンで収集した可視光画像や近赤外画像などのデータを分析することで可能です。これに加え、どのようなタイミングでどのような情報を篤農家が求めているのか、そして作物の生育状況などに応じて篤農家が行う肥料投与や農薬散布のタイミングと場所・使用量などのデータを収集し体系化できれば、篤農家の暗黙知を形式知化することにつながるのです。まさに、篤農家の「勘と経験」と数値データの紐づけがどこまでできるかが、この実現のためのポイントとなるのです。

注1:農業に携わりその研究・奨励に熱心な人のことを「篤農家」と呼びます。
注2:農業分野では、田、畑、果樹園など農産物を育てる場所のことを「圃場」と呼びます。区画された農地のことです。水田や畑ではあぜ道などで区画された0.2~0.3ha程度のものが一般的ですが、圃場整備により1ha程度や3ha程度の大規模なものも出現しています。

 

4.もう一つの大きな価値-見守りの省人化

 ドローンの活用はもう一つ大きなメリットをもたらします。それは作物の生育状況の見守りという、手間暇がかかる作業の効率化・省人化です。ドローンは圃場の上空を自動的に飛行し、5~6haの面積の生育状況を10分程度で撮影することができます。そしてデータ分析により、分かりやすい形で作物の生育状況を示します。

 農家の人々は、この情報に基づき問題を把握するとともに対応を考えれば良いので、圃場の状況を確認するための日々の見回り作業を大幅に効率化・省人化できるのです。

 

5.ドローンの眼の使い方

 ドローンの眼の使い方は、以前から使われている衛星からのリモートセンシングに似ています。現在、衛星からのリモートセンシングデータは、作付け品目の特定や面積の把握、稲や小麦などのタンパク質含有量の推定、収穫時期の把握など圃場の状態をマクロに把握する用途で使われています。

 ところが、この衛星からのリモートセンシングは、空間解像度に限界があります。短時間に日本全国に広がる圃場の状況など広範囲の情報収集が可能ですが、その空間解像度は高いものでも3m程度、普通は数十mです。つまり数十m以上の大きさを見分ける程度の粗いものなのです。このため、地域で圃場ごとの収穫の順番を決めるなど広域での活用に向いています。

 これに対して、ドローンによるリモートセンシングはドローンを飛ばす高さや搭載カメラの解像度によりますが、100haくらいまでの圃場の管理に有効だと言われています。高齢で離農した複数農家の圃場を引き継ぐなどで、小規模で散らばった場所にある多数の圃場の管理が必要なケースが増加しているので、その管理の効率化が期待されています。

 

6.用途によって使い分けるドローンの眼

ドローンの眼となるのは、さまざまなセンサーです。通常のカメラと違うのは可視光だけでなく、人の目では見えないスペクトラムをとらえる近赤外線センサーや熱赤外線センサーなども使うことです。国立研究開発法人農研機構の井上吉雄氏ら注3の解説記事によると、ドローンによるリモートセンシングでは、収穫適期を見極めるための作物発育段階(出穂期・成熟期など)、収量予測のための作物成長量、潅漑管理のための作物水分状態、施肥量調整のための作物生理活性(葉緑素の量など)や作物栄養状態(窒素、リンなど)、病虫害発生、土壌水分などさまざまな計測が可能です。

 リモートセンシングでは、用途によって必要なセンサーや解像度が違いますが、ドローンでは撮影する高さによって解像度を使い分けることができるのが強みです。例えば、発生初期の害虫発見や病気の発見には数㎜の超高解像度画像が求められるので、高解像度のカメラ(可視光を利用)を用い低空から撮影します。一方、作物に含まれる葉緑素の量を計測するには近赤外線センサーを用いますが、解像度は1~数mくらいが生態学的に意味のある情報となりますので、かなり上空からの撮影でも大丈夫です。

注3:井上吉雄、横山正樹「ドローンリモートセンシングによる作物・農地診断情報計測とそのスマート農業への応用」,日本リモートセンシング学会誌 Vol.37 No.3 2017, pp. 224-235.

 

7.画像データの処理については技術開発が進行中

 これらのセンサーによる画像データの収集は比較的簡単なのですが、例えば圃場全体を撮影した画像データから病虫害発生個所を割り出すためには、膨大な量のデータ処理が必要です。これについては現在、機械学習技術の適用などが試みられています。この他、画像データを適切に処理するには日射量の変動に伴う画像情報の補正なども必要であり、日々技術開発が進行しています。

 このような状況を反映しさまざまな分析ツールが提供されていますが、同社は一番使えるものを選択し農家に提供するとのこと。まさに各種ツールの評価に手慣れた情報通信技術の専門家ならではの発想です。

 

8.ドローンの眼の適用領域

 米や麦類、豆類やいも類などでは、個々の圃場にセンサーを設置して観測するきめ細かな精密農業に比べドローンというマクロの眼を使うリモートセンシングの方がコスト的にも優位となる可能性があります。

 これらの作物の10a当たりの産出額は、トマトやホウレンソウなどの野菜やミカン、イチゴなどの果実、花きと比べると大幅に低いことが分かります(表参照)。単位面積当たりの産出額が高い作物の場合はきめ細かな管理がコスト的に可能ですが、これが低く栽培面積の広さでカバーする作物の場合は、きめ細かな管理ではなく要所を抑えたおおまかな管理が向いています。ドローンによるリモートセンシングは、まさにこのような管理に向いている技術なのです。しかも画像データにAI技術を適用することにより、病害虫の初期段階での発見など細かな管理も今後は可能になると考えられます。

表:平成28年の品目別農業産出額、作付面積及び10a当たりの産出額

 

産出額

(単位:億円)

作付面積

(単位:ha)

10a当たりの産出額(単位:万円)

16,549

1,370,000

12.1

麦類

312

275,900

1.1

豆類

554

185,000

3.0

いも類

2,372

113,200

21.0

野菜

25,567

394,400

64.8

果実

8,333

226,700

36.8

花き

3,529

28,000

126.0

  

産出額は「平成28年農業総産出額及び生産農家所得(全国)」(農林水産省)による。作付面積は、米・野菜・果実・花きについては「平成28年農林水産白書」のデータ(果実は平成28年の概算値、花きは平成27年のデータ)、麦類・豆類(大豆、小豆、いんげん及びらっかせい)・いも類(ばれいしょ及びかんしょ)については「作況調査(水陸稲、麦類、豆類、かんしょ、飼料作物、工芸農産物)」の平成28年データによる。

 

9.テクノロジー選択はグローバルに、創出価値は市場重視で

 勝俣社長の方針は、グローバルに通用する技術を選択することです。技術進歩は日進月歩で、精密農業の実現に向け世界的にさまざまな技術開発が進んでいるからです。一方、創出価値については独自の価値創造をめざしておられます。各国・地域によって、求められる価値が異なるからです。

 私は常々、データ活用の価値をサプライチェーンの出口であるマーケットから考えるというアプローチに注目しています。生産者に収量の増大や品質向上といった強いインセンティブを与えるのは、マーケットでの評価だと考えているからです。リモートセンシングデータによる生育プロセスや作物の収量・品質の可視化は、マーケットにおける客観的な評価を数字的に裏付けます。篤農家の勘と経験が形式知化されるということは、まさに品質の良い作物かどうかの区別が容易になるということなのです。

 幸いなことに、我が国でも作物が市場に流通する時期や量・品質を事前に知りたいというニーズが、流通事業者などを中心に高まっています。テクノロジーとマーケットの両方を上手に押さえることで、勝俣社長の農業改革に関するアイデアが実を結ぶこと、それにドローン・ジャパン社のビジネスが今後大きく成長することを期待したいと思います。

 

今回紹介した事例

Pickup_drone-j.jpg

リモートセンシングによって作物の生育状況を見える化する - ドローン・ジャパンの「ドローン農業」

農業は長年の経験と勘が作物の収量や品質に大きく影響する分野である。若手の後継者は、先人の背中を見ながら経験的に学ぶしかなかった。当社は、ドローンを使用したスマート農業サービスを提供し、若手の農業従事者が農業に夢を持てる社会作りに貢献したいと考えている。 ...続きを読む

 
 
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