本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、これまで「IoT導入事例」として紹介した事例を分析し、IoT導入のベストプラクティスを考える番外編の第3回です。

ここに注目!IoT先進企業訪問記(28)

「IoT導入事例」に見る新しい価値の創出法(その3):技術などの新しい活用領域の開拓

1.アイデアが湧かない時に使って発想の転換を図るオズボーンのチェックリスト

 ブレインストーミングをやっても、これはというアイデアが湧かないことがあります。そのような時に「オズボーンのチェックリスト」を活用する手があります。ブレインストーミングを考案した米国人のアレックス・F・オズボーン(1888年~1966年)の著書から項目を拾い出して作成されたリストです。「モノ」を前提にしている項目がやや多いこともあり、IoT導入事例を取材している時にこれを使ったという話は聞きませんでしたが、良いアイデアが浮かばない時に使って発想転換を図るのに有用です。新しい活用領域の開拓にも使える手法ですので、ご参考までにここに挙げておきます。

表:オズボーンのチェックリスト

チェック項目

チェック項目の内容

他に使い道はないか?〔転用〕

そのままで新しい用途は? 改善・改良して他の使い道は? 違う層への提案は? 他の地域へ持っていったら?

他からアイデアを借りられないか?〔応用〕

何か似たものは? 何かの真似は? 歴史からアイデアを借りられないか? 全く違うカテゴリーからヒントは?

一部を変更したらどうか?〔変更〕

商品の意味を変更は? 色、動き、音、匂い、様式、型などを変えられないか?

大きくできないか?〔拡大〕

時間、頻度、強度、高さ、長さ、厚さ、価値、材料を増大できないか?

小さくできないか?〔縮小〕

減らす、小さくする、濃縮する、低くする、短くする、軽くする、省略する、分割は?

他のもので代用できないか?〔代用〕

人を、ものを、材料を、素材を、製法を、動力を、場所を代用できないか?

並び方を変えられないか?〔置換〕

要素、型、レイアウト、順序、因果、ペースを変えられないか?

逆にすることはできないか?〔逆転〕

反転、前後転、上下転、左右転、役割転換したらどうか?

他のものと組み合わせができないか?〔結合〕

ユニットを、目的を、主張を、アイデアを組み合わせたら?

 

2.活用領域の開拓法

 技術、製品/サービスなどの新しい活用領域を開拓した企業は、どのような方法でそこに至る道を発見したのでしょうか。事例集を見ると2つの出発点のパターンが浮かび上がります。

 

2.1 技術や製品/サービスの使い道から考える

 IoT導入事例では、技術や製品/サービスのさまざまな使い道を考え、これらの活用領域を拡げた例がいくつかあります。オズボーンのチェックリストでも、最初に上げられている項目です。

 扇風機や空気清浄機などをスマートフォンで制御する際などに使っているブルートゥースモジュールを犬や猫などのペットの体調管理に使うことを考えたアプリックス(本社:東京都新宿区)、鉄鋼業で培った技術と経験をさまざまな領域に拡大するために新規事業タスクフォースを発足させ、市場調査やフィージビリティスタディの結果、プラントエンジニアリングと海洋インフラ整備の技術を大規模沖合養殖システムの開発に活用した日鉄エンジニアリング(本社:東京都品川区)、観光情報提供・店舗でのネット注文・災害発生時の緊急情報の多言語配信・模造品防止対策など、IDを埋め込んだ近距離無線通信が可能なタグの用途を次々に考案し、実用化したアクアビットスパイラルズ(本社:東京都港区)などの事例があります。

注1:それぞれの事例へのリンクは次のとおり。
 アクアビットスパイラルズ ⇒ https://smartiot-forum.jp/iot-val-team/iot-case/case-spirals

 

2.2 顧客課題や社会課題の解決法から考える

 もう一つの活用領域開拓パターンは、顧客や社会の課題解決という命題があり、この解決策を考える中で技術や製品/サービスの活用領域を開拓した例です。こちらは多数あります。「メーカーが異なるとモノとモノのIoT連携が困難」というメーカーの囲い込み戦略に起因する課題を克服するために、異なるメーカー間のモノやクラウドサービスの連携を可能にする「IoT Exchange」を開発したBizMobile(本社:東京都千代田区)、利用者・乗客の利便性を損なわずに路線を最適化したいという道路・交通事業者の経営課題を解決するために多種多様な交通ビッグデータの分析を可能とする「交通データ利活用サービス」を開発した日立(本社:東京都千代田区)、人手不足の中で手厚いケアを実現するという介護施設の課題を解決するため「ライフリズムナビ+Dr.」を開発し、入居者の体調変化や危険を見える化し、見守りを支援しているエコナビスタ(本社:東京都千代田区)などの事例が代表的なものです。

 どちらのケースにおいても興味深いのは、IoTありきではなく、ビジネス化を考える中でIoT活用に至っていることです。また、開発にあたって顧客や他企業と協働した事例が結構あることも注目されます。

注2:BizMobile事例へのリンクは次のとおり。日立、エコナビスタの事例へのリンクはそれぞれ、3.3章・3.1章の文中。

 

3.プラスαの価値をどう創るのか

 「技術や製品/サービスの使い道から考える」「顧客課題や社会課題の解決法から考える」を読んでいるうちに、アイデアを創出する秘訣を知りたいと感じた方がおられると思います。この手法としては、「デザイン思考」や「未来社会からのバックキャスト」などがあるのですが、これについては次回に説明します。ここでは良いアイデアが創出できたと仮定し、そのアイデアの価値を一層高める手法について3つほど説明します。

 

3.1 人の心を動かす評価指標を上手に活用する

 最近、「ユーザーエクスペリエンス」という言葉をしばしば耳にします。製品やサービスの利用に関わるあらゆる要素、つまり「使いやすさ」「使い勝手」「使い心地」「使った時の満足感」「革新性に対する驚きや感動」など、さまざまな顧客サイドの体験を示す言葉です。現在は、製品やサービスの競争力を高めるため、人の心に響く体験を提供することが重要になっているのです。

 大阪市立大学医学部疲労医学講座発のベンチャー企業であるエコナビスタの事例(https://smartiot-forum.jp/iot-val-team/iot-case/case-econavista)では、「評価指標」を上手に活用し、ユーザーエクスペリエンスを高めています。同社の「ライフリズムナビ+Dr.」では、夜中に目が覚めて眠れない方に対して、就床時間を多少遅くしたり、昼寝の時間を短くしたり、あるいは日中に軽い運動を行なうことや温湿度を調整することをお勧めしています。これを実行することで、睡眠の質を上げることができるからです。

 これが可能なのは、センサーで睡眠パターンを計測し、今まで「眠れない」とか「疲れがとれない」という感覚的な表現でしか示せなかった睡眠の質を数値化して把握しているからです。この算出に使うのが、大阪市立大学医学部疲労医学講座が持っている「疲労を客観的な評価指標で定量化」する技術です。同社では、この評価指標をベースに温湿度データの分析結果なども取り入れ、高齢者やその介護者・家族に分かりやすい「疲労回復度」「快眠指数」「快適環境指数」という形で提供しています(図1参照)。この「見える化」によって納得感が生まれ、これが生活リズム改善の強いインセンティブになるのです。

図1 医師からの健康アドバイス付きレポートに含まれる本日のライフリズムスコア
【出所】ライフリズムナビ+Dr.公式サイト  http://info.liferhythmnavi.com/ より

 

3.2 他社の協力を得るためにPoCを活用する

 一方、他社の協力を得るために、PoC(Proof of Concept:概念実証)を上手に活用したのがボクシーズ(本社:東京都千代田区)の「Putmenu」です。顧客がスマートフォンで飲食店のメニュー(12カ国語対応可能)を見て注文を行い、飲食店のテーブルに着きスマートフォンをテーブルの目印の位置に置くとペーパービーコン経由で注文が確定し、同時に支払いも完了するという注文と支払いの自動化を可能とします。人手不足や増加する訪日外国人対応の切り札となりそうなサービスです(事例紹介はhttps://smartiot-forum.jp/iot-val-team/iot-case/case-boxyz)。

 サービスが独創的だったせいか、複数社に事業化提案を行ったものの理解は得られなかったそうです。このため、自らシステム開発と事業化に挑戦しています。しかし、事業化にはPOSレジ改修、決済システムやクラウドサービスとの連携が必要で、これについては他社の協力が不可欠でした。この協力を得るのに役立ったのが、事業化に向けて開発していた実際に動くプロトタイプでした。これを見せることでPutmenuがもたらす価値に対する理解が進み、同時にマスコミにも取り上げられ世間の注目を集めることができたのです。

 

3.3 データフォーマットなどの軽い標準化を進める

 日立製作所は、バス事業者が持っているバスの運行データや乗客の乗降に関する統計データや高速道路事業者が持っている料金所の通過データ・車の走行経路情報などを活用し、「交通データ利活用サービス」を開発しています(事例紹介はhttps://smartiot-forum.jp/iot-val-team/iot-case/case-hitachi)。バス事業者は、交通ビッグデータで算出された輸送需要の発生・集中する地点や需給状況の分析結果を運行計画の見直しや路線改良などの検討に活用しています。高速道路事業者は、各道路における車両の混雑状況や各区間の所要時間の分析結果を今後の交通需要予測などの検討に活用しています。

 この「交通データ利活用サービス」の活用領域を広げる上でボトルネックとなっているのが、バスロケーションシステムなどで収集するデータの種類やフォーマットが統一されていないことです。同社は、異なるフォーマットのデータを共通フォーマットに変換することでデータ活用を可能にしていますが、この変換作業に手間とコストがかかるのです。

 データには「規模の経済性」という特性があります。データを早期に集積し、最初に有用な情報や知識の抽出に成功した者のもとにデータ集積が加速し、一人勝ちにつながるのです。データ集積には時間とお金が必要なので、一度差がつくと挽回が困難です。したがって、データをスピーディに集積するため、企業間の連携や協力を進めることが重要な戦略になります。この戦略の阻害要因となるのが、データの種類やフォーマットの違いなのです。そして、これを防ぐために必要なのが「軽い標準化」です。

 

3.4 軽い標準化とは

 データの標準化は、技術優位性確保やセールス展開に影響する従来の標準化とは少し違う側面を持っています。トライアルアンドエラーの結果たどり着いたベストプラクティスを公開する色合いが強いのです。データを保有する企業が異なっていても、容易にデータを統合し分析できるように、データの種類や使い方、データフォーマット、データ計測条件などを検討・調整し、幅広い企業が使えるようにオープン化することが基本です。

 図2及び3に一般社団法人情報通信技術委員会(TTC)標準と技術レポートで公開している橋梁モニタリングのイメージと加速度センサの情報モデルを示します。この例では、加速度センサで収集するデータとして、加速度情報に加えてデータの収集時刻やセンサのサンプリングレートなどを情報モデルとして規定しています(図3のDataPoint)。多くの企業がTTC標準や技術レポートに準拠した形でデータを収集すれば、分析可能なデータ量が増え、データ活用の価値増大に貢献します。
 
図2 橋梁モニタリングエリアネットワークのイメージ
【出所】TTC技術レポートTR-1066「橋梁モニタリングのための
低消費電力無線通信方式ガイドライン」より
 
図3 加速度センサ情報モデルの構造
【出所】TTC標準JJ-300.30「橋梁モニタリング用加速度センサ
の情報モデル及び低消費電力無線通信における動作」より

 

注3:それぞれの文書へのリンクは次のとおり。

 

4.まとめ

 技術、製品/サービスなどの新しい活用領域の開拓にはアイデアが必要です。これを得るには、アイデア豊富な個人の活用、ブレインストーミング、オズボーンのチェックリストやデザイン思考の活用など、さまざまな手法があります。IoT導入事例紹介の事例を見ると、前述のように①技術や製品/サービスの使い道から考える、②顧客課題や社会課題の解決法から考える、の大きく二つに分かれていました。

 いずれの場合も、新領域開拓の成否を左右するのは、新しいことに挑戦するマインドを持ち、観察力や異なる事項を関連付ける力などに優れたイノベーティブな個人の存在と彼らが活躍できる場の有無です。我が国では出る杭をうつことが一般的ですが、これはアイデア創出には不適切です。出る杭を尊重し、人を伸ばす人事評価とマネジメントが重要なのです。そのような仕組みの構築に成功した会社では、新しいプロジェクトに挑戦する機会が増え、若い人たちが自由闊達に活き活きと働いています。

 私は相当数の企業の勉強会などで、話をしたり議論に参画したりしていますが、イノベーションを促進する仕組み創りに成功している会社はすぐに分かります。話を聞く人の眼が活き活きしており、鋭い質問が次々に出るからです。反対にそうでない会社は、若い人たちが上司に遠慮し、反応を見てから行動します。トップの方針で人の行動が変わるのです。

 もう一つ重要なことがあります。アイデアだけではビジネスにつながらないことです。ここではデータから算出した評価指標を活用した例、他社の協力を得るためにPoCを活用した例、それからデータの軽い標準化について紹介しましたが、ビジネスにつなげる手法はさまざまです。重要なのは、一人ひとりが事例から手法を勉強するだけでなく、それを実証し、失敗を恐れることなくビジネス化に挑戦するマインドを持つことです。

 
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