本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、ひと・しくみ・テクノロジーの力でファッション・アパレル業界の「衣服づくり」に変革を起こそうとしているベンチャー企業のシタテル株式会社(本社:熊本県熊本市中央区)の挑戦について紹介します。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記(34)】
衣服づくりの変革に向けた挑戦-シタテル
1.ファッション・アパレル業界が抱える課題
世界的に見ると、アパレル市場は2015年から2025年までに年平均3.6%(実質ベース、名目ベースでは7.6%)の成長が見込まれる成長産業です注1。これとは逆に、日本の国内市場は縮小傾向です。経済産業省の報告書によると、1990年代初頭のバブル期の約15兆円から2010年の約10兆円へと3分の2に縮小しています注2。このような環境下にあるファッション・アパレル業界は、多くの課題を抱えています。その最たるものは、店舗と商品供給の過剰です。出店競争による不採算店舗の増加、商品供給の過剰による売り切りのためのバーゲンの常態化が、企業収益の悪化や商品の品質低下につながっています。
また、商品開発力も低下しています。どの企業の商品も同じようなデザインで、ブランドのロゴマークを見ないとどこのものか分からない状況です。商品単価が1991年比で約6割の水準に下落していることが一因なのでしょうが、安かろう悪かろうの商品が横行しています。これが消費者の購入意欲を減退させ、一層の市場縮小やコスト競争激化を招くという悪循環に陥っているのです。
注1:Roland Berger福田稔「アパレル産業の未来-国内アパレル企業の課題と進むべき道-」,2017年1月.
注2:経済産業省製造産業局「アパレル・サプライチェーン研究会報告書」,2016年6月.
2.課題の根源に気付いたシタテル
このような状況のファッション・アパレル業界の中でシタテルが気付いたのは、もっと根源的な課題の存在でした。それは、この業界が人と人のつながりをベースとしたクローズな世界であり、簡単に衣服が作れないことでした。
服飾関係の学校を卒業したデザイナーが衣服をデザインしても、それを世に出すのは簡単ではありません。衣服の製造・販売の仲立ちや商品企画を行っている繊維商社、それから縫製工場が、なかなか仕事を引き受けてくれないからです。また、企業が社員のエンゲージメントを高めるためにかっこいいユニフォームを作ろうとしても、これを実現するのは困難です。デザインはカタログから選択することが基本ですし、特別あつらえを頼んでも、デザイナーはカタログ商品のデザインをした方々なので、カタログと同じような提案しかでてこない場合が多いのです。
簡単に衣服が作れない一方で、縫製工場の収益性は低迷しています。繁忙期には受注をさばききれず機会損失が発生、閑散期には稼働率が低迷という状態だからです。これは2月から4月は春夏物の量産と秋冬物の展示品の製造、7月から9月は秋冬物の量産と春夏物の展示品の製造と、アパレル業界からの注文が集中する期間があることが影響しています。工場の稼働率は年平均で7割くらいだそうです。
シタテルがまず目指したのは、「衣服づくり」という創造的な行為のオープン化でした。不特定多数の衣服をつくりたい顧客と不特定多数の縫製工場をつなぎ、ネット上で衣服づくりを進めることができるマッチングプラットフォームの構築がそのソリューションだったのです。
3.シタテルが提供するマッチングプラットフォーム
シタテルのマッチングプラットフォームが提供している衣服を作りたい人向けのサービスの流れは、図1に示すとおりです。ポイントは、優れた技術を持つ国内外の縫製工場や生地メーカーと連携していること、ネット上のやりとりで衣服生産を可能にしていることです。
図1 シタテルのサービスの流れ
衣服を作るために登録している顧客数は13,000社以上、マッチングの対象となる縫製工場などの提携サプライヤー数は700社を超えています(いずれも2019年7月末時点)。工場の稼働状況や特徴をデータベース化し、顧客が希望する衣服の種類や特徴、数量、納期から最適な工場を選択しています。工場は、業界の商慣行上、300枚くらいの数量がないと注文を受け付けないことが多いそうですが、同社では50枚の小ロットでも大丈夫だそうです。
4.マッチング成功の鍵はデータの集積と専門家の存在
シタテルのプラットフォームには、工場ごとの縫製レベル、対応可能アイテム(例:コート・ジャケットなどの重衣料、シャツなどの軽衣料など)、料金、稼働情報などのデータが集積されています。工場ごとの品質については、工場からのサンプルを同社が見て5段階評価を行っています。
各工場から、ボタンダウンのシャツが得意だとか、〇〇ブランドを縫ったことがあるといった情報を聞き、それらと実績を照らし合わせてデータをアップデートしているのです。このデータの集積が、衣料アイテムや縫製技術の難易度に合致する縫製工場を的確に選ぶ鍵となっています。
同社のサービスはホテルや飲食店のオリジナルユニフォームづくりにも活用されています。特に別注品と呼ばれる特別あつらえを得意としています。その秘訣はデザイナーを活かす仕組みです。同社はプロのデザイナー約100名とネットワークを作っており、顧客からの要望を見て5名くらいのデザイナーを選び提案を出してもらっています。この仕組みは、カタログ掲載の商品とは異なるデザインの提示という形で顧客の選択肢を広げるだけでなく、中堅・若手デザイナーの提案力向上という効果をもたらしています。
同社のホームページを見ると、おしゃれなで機能的なユニフォームの写真が並んでいます(図2参照)。今まで、ファッション・アパレル業界が対応できていなかった領域に的確に対応することでビジネスを拡げているのです。
図2 シタテルから生まれた製品の事例
5. 変革を大きな流れにするための課題
シタテルの起業は2014年3月です。プラットフォームを提供し、衣服を作りたい人と衣服を作る縫製工場をマッチングすることで、ファッション・アパレル業界の課題解決に挑戦しています。しかし、現在のプラットフォームで解決できたのは、ファッション・アパレル業界が抱える課題のほんの一部です。現在、同社は店舗の過剰と商品供給の過剰という課題の解決に向け、新たなサービスの開発を進めています。
ファッション・アパレル産業は、GAPやユニクロのような自社製品を自前の小売店で販売するSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel:製造小売)が台頭しており、マスボリューム市場はこれらのSPAが活躍する領域です。シタテルのプラットフォームが使われる可能性があるのは、高級ブランド品を中心とするラグジュアリー市場とマスボリューム市場の中間にあるトレンド市場と呼ばれる領域です。
この領域の衣料を提供している既存のアパレル企業が、シタテルのプラットフォームを活用すると業界の改革が一気に進むのですが、残念ながらその可能性は高くないと感じます。彼らは自前の生産・流通チャネルや発注の仕組みを持っているからです。繊維産業流通構造改革推進協議会で情報化プラットフォームの導入を検討したものの、総論では賛成だが、各社の導入は要検討として当面は見送りとなったという経緯もあります。導入には仕様書のフォーマットやコミュニケーション方法の統一など、各社の業務方法の改革が不可欠であり、各社が自社のやり方に固執する限り構造改革には時間がかかるでしょう。
でも、業界統一プラットフォームの導入が見送られたことは、同社にとってはチャンスでもあります。情報システムをアウトソースしたいアパレル企業が出現するならば、シタテルのプラットフォームがその情報システムを置き換える受け皿となるからです。成功の鍵となるのは、成長する海外市場に目を向け、プラットフォームの仕組みをグローバルに展開することです。デザイナーもアパレル企業も生き残りのためには、グローバル市場を視野に入れる必要があります。同社のプラットフォームがグローバルに発展していると、彼らにとってその利用価値はより高いものとなるでしょう。同社のビジネスの発展と日本発のデザインや衣服が、今まで以上に世界に展開することを期待したいと思います。
今回紹介した事例
ひと・しくみ・テクノロジーの力でアパレル企業と縫製工場をマッチング-sitateru(シタテル)-縫製工場は国内に約15,000社存在するが、アパレル企業は付き合いのある特定の工場に製造を委託することが多い。その工場に余力がない場合は、新たな工場を探す必要があるが、そのためのネットワークは限られており、最適な工場を見つけることは困難であった。そこで当社は、衣服生産のオンラインサービス「sitateru」を開発した。 ...続きを読む |
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