本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。今回は、JAめむろ(北海道河西郡芽室町)の小麦収穫支援システムを紹介します。
【ここに注目!IoT先進企業訪問記(35)】
着実に進化するスマート農業-JAめむろの小麦収穫支援システム
1.時間との勝負となる小麦の収穫
小麦の収穫は時間との勝負になります。収穫適期は、7月末からの一週間程度。子実注1(しじつ)が発芽すると品質が落ちるので、発芽前に収穫する必要があります。しかし、早めに収穫すると完熟しておらず、子実に含まれる水分が多いほど、乾燥コストが増えます。小麦は、成熟期を迎え子実水分ができるだけ少ないタイミングで収穫するのがベストなのです。
さらに、小麦は雨が降ると発芽しやすくなり、子実水分も増えるので、天候を見ながら収穫する必要があります。どの農家もベストのタイミングで収穫したいので、1999年までのJAめむろでは、コンバイン(稲や麦などの穀物の刈取り・脱穀を行う機械)が取り合いになっていました。
注1:食用に供する穀物の実の部分のこと。
2.大規模農家が主体の芽室町
芽室町は北海道中央南部に連なる日高山脈の東、十勝平野にある町です。耕地面積は約2万ha、農家戸数は600戸です(2018年4月末現在)。1戸当たりの作付面積は34haと、東京ドーム7.2個分になります。農業産出額は294億円(2018年度)ですので、1戸当たり4,900万円になります。主要作物は小麦の他、てん菜、馬鈴しょ、豆類、野菜類です。日本の中で、数少ない欧米型の大規模農業が行われている地域です。
3.小麦の成熟度判定から始まった収穫支援システムの開発
1999年の時点で、JAめむろは50台のコンバインを保有していました。このコンバインを9つに分けた地区ごとに数台ずつ割り当て、それぞれで管理していました。小麦の収穫時期は地区によって異なります。収穫作業が終わりコンバインが稼働していない地区の隣では、収穫作業の真っ最中でコンバインが足りないということがたびたび起こりました。
また、地区内では圃場(ほじょう)注2ごとの収穫作業の順番を決めるのが大変でした。誰もが自分の圃場の小麦を、自分がベストと考えるタイミングで収穫したいからです。また、収穫が遅れることによる品質の低下(低アミロ化)を警戒するあまり収穫時期が早めとなり、水分の多い小麦を収穫しがちであるという課題もありました。
このような状況を改善するには全ての地区の状況を一元的に把握し、稼働していないコンバインをうまく他地区に応援に回すことが必要です。また、小麦の成熟度を客観的に把握し、収穫時期を見極めるとともに、皆が納得する順番を設定することも重要です。
JAめむろが注目したのは、近赤外線を使って人工衛星から撮影したリモートセンシング画像の利用でした。町の圃場全体を撮影した画像を解析して小麦の成熟度を把握し、圃場ごとの最適収穫時期を推定するシステムの開発に挑戦したのです。北海道農業研究センターを中核として実施したこの挑戦は成功し、2003年から圃場ごとの最適収穫時期を推定できるようになりました。(図1参照)
図1:リモートセンシング情報を基に作成した小麦成熟期の予想
(赤の部分の成熟が最も早く、赤⇒黄⇒黄緑⇒緑⇒水色⇒青に変化するに従って遅くなる)
この推定をベースに、地区ごとに必要なコンバインの台数とその時期を割り出し、余ったコンバインと要員を活用して他地区を応援する体制を作ることが可能になりました。コンバインの有効利用によって、収穫作業を迅速化することもできました。
このリモートセンシング画像の利用は、収穫する小麦の子実水分を35%(2000年)から28%(2011年)に下げることができ、小麦の乾燥コストの低減や品質向上にも貢献しています。同時に、圃場ごとのばらつきを減らすことも可能にしました。
注2:農業分野では、田、畑、果樹園など農産物を育てる場所のことを「圃場」と呼ぶ。区画された農地のことである。
4.収穫支援システムのさらなる高度化
JAめむろは、その後も小麦収穫支援システムの高度化に取り組んでいます。2013年からはクラウド上に情報を集約し、リモートセンシング画像と現場作業の進捗状況をタブレットでリアルタイムに把握できるようしています。
また、コンバインの給油作業の効率化にも目覚ましい成果を上げています。従来は複数の給油場所に給油車を配置し、コンバインがそこまで移動して給油する仕組みでした。コンバインは移動速度が遅いので移動時間がかかるうえ、移動のための燃料代もかかりました。一方、給油車側は待っている時間が長いという状態でした。
これを改善するため、コンバインの作業位置と燃料の減り具合をクラウド上に表示し、給油車が適切なタイミングで各コンバインの作業現場に行って、そこで給油する仕組みに改めたのです。この発想転換の効果は劇的でした。収穫時期を通してコンバインが使用する燃料を300時間分、給油車の台数を3分の1に削減できただけでなく、給油のための移動時間300時間がなくなったことで、コンバインが収穫作業に専念できるようになったのです。(図2参照)
さらに、従来は圃場ごとの収穫情報を紙でやりとりしていたのを廃止し、これをタブレットに入力しクラウド送信することとしました。また、同時にその内容をICカードに書き込み、収穫した小麦の受け入れ施設にICカードをかざして情報を渡すようにしています。受け入れ施設では圃場ごとの小麦の収量や品質を計測し、その情報をクラウドにアップします。これで生産者は、すぐに計測結果を確認することができるようになりました。
図2:給油管理システムによる改善効果
5.見えてきた既存システムによるサポートの限界
小麦収穫支援システムの高度化を進めてきたJAめむろですが、その限界も見えています。それは、ICT活用と人の知見を上手に組み合わせないと、必要な価値を創出できないということです。2018年は、天候不良によってリモートセンシング画像が利用できませんでした。その時分かったのは、リモートセンシング画像で小麦の成熟度を判断するのに慣れてしまうと、圃場の小麦の状態を見て判断することができなくなるということでした。
衛星からの画像をドローンが撮影した画像で代替することも考えたそうです。しかし、ドローンを飛ばすことができるのは150mの高さまで。それ以上の高さで飛ばすには許可が必要です。耕地が広いので、150mの高さではリモートセンシング画像を効率的に得るのは困難でした。また、ドローンからの画像は解像度が高すぎて分析結果が分かりにくいという欠点もあり、利用をあきらめたそうです。
2019年も天候不順で、いつも使っている解像度注36mのフランス衛星SPOT6のリモートセンシング画像が使えなかったそうです。幸いなことに欧州宇宙機関が運用している解像度10mの衛星Sentinel-2の画像が得られ、これで何とか解析でき事なきを得たそうですが、人材育成という課題は解決されたわけではありません。
リモートセンシング画像では分からない事象もあります。圃場に小麦が栽培されていない部分がある場合、あるいは小麦の生育不良の場合は、土壌の水分が含まれた計測になってしまうので、これを人の目で確認しなくてはなりません。さらに収穫日は、定点観測圃場を町内に約20ヶ所設置し、それぞれ経時的に子実水分量や、品質の低下を示すアミラーゼ活性値を測定することで最終決定しています。このように、人の力でシステムを補完しなければならない部分が残るのです。
十年単位で行われる小麦品種の切り替えへの対応も課題です。2011年頃から作付けが始まった「ゆめちから」という新しい品種に関しては、今まで有効に機能していた主力の「きたほなみ」の成熟度判定などのアルゴリズムがそのままでは使えないことが判明し、現在、北海道農業研究センターと十勝農業協同組合連合会で解析方法を検討中です。このように、収穫支援システムは一度作ったらずっと使えるのではなく、状況変化に応じて変更することが求められるのです。この対応にも人の力が必要です。小麦の知識が豊富で、かつデータを見ながら解析アルゴリズムを創ることができる高度な人材がいないと、せっかくのシステムも活用できなくなる可能性があるのです。
注3:地球観測衛星からの画像が、地上の物体をどれくらいの大きさまで見分けることができるかを表す用語。解像度が6mのセンサでは、6m以上の大きさの物体を見分けることができる。
6.多くの課題を抱える農業現場
JAめむろは、さまざまなレベルの課題を抱えています。まず、通信インフラの高速化が喫緊の課題です。現状では、モバイル通信の速度が不十分で、タブレットでの画像データの取り込みに時間がかかる場所があります。都市部とは通信環境が全く違うのです。特に、有線通信の基盤はまだADSLであり、クラウド化した現在では光ファイバ化が必須です。また、これは日本全体の話でもありますが、我が国の農機ベンダーの囲い込み戦略の弊害で、異なるメーカーの農機間やさまざまなシステムとのデータ連携に手間とコストがかかります。これは改善のために標準化やデータ連携基盤の構築が不可欠です。
さらに、小麦以外の大豆、小豆、枝豆、さやいんげんなど豆類の収穫適期の判定もAI化が求められています。小麦に関しても、自動操舵のコンバイン導入、前年の小麦の収穫データ、土壌データなどをベースとした肥料設計や可変施肥の実施についてのスマート化が必要になっています。農業経営の見える化も待ったなしです。
農業のICT活用の範囲もさらに拡がるでしょう。今までのJAめむろのICT化は、農家や関連研究機関などのノウハウを電子化した上で行う「管理農業」の高度化が主体でした。これからは、これに加え気象などの環境データの分析結果を加味した一層高度な「管理農業」が重要になると思います。生育環境の制御が難しい圃場では、環境データを分析し、環境に適した品種を選択・開発することが鍵となります。環境データの集積と分析についてはある程度の規模がないと困難ですので、これをどのような体制で行うのか検討が必要です。
取材をしていて痛切に感じたのは、農業は一筋縄ではいかないということです。同じ場所でも、土壌の違いによって作物の生育状況が違います。圃場の形も違うので、収穫作業の自動化はこの違いを克服しなければなりません。このようにさまざまな課題はありますが、これまでもその時々の課題を粘り強く解決してきたJAめむろが、今までの知見とチャレンジ精神の発揮で、スマート農業をさらに進化させることに期待しています。
写真1:最新のコンバインを使用した小麦の収穫風景
写真2:収穫を待つ小麦畑
(この小麦畑は、平成28年8月の台風による洪水で畑の約7割の土壌が流出し、その部分に河川掘削土を搬入した。圃場内で緑色に見える部分は、土壌が流出しなかった元々の土壌で、5月の干ばつの影響を受け、2次生長による茎葉(遅れ穂)が再生)
今回紹介した事例
データ活用によって大規模農業の効率化と品質向上を実現する - JAめむろの「農産物適期収穫支援システム」JAめむろは、耕作に欠かせない大型機械を保有して、組合員に貸し出している。当初は地区集団毎にコンバインを割り当てていたが、それぞれ収穫時期に差が生じるため、機械の稼働効率と運用コストの改善を要していた。そこで、生産効率と品質を向上するために、ICTやセンシングの技術を活用して効率化を実現した。…続きを読む |
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