【ここに注目!IoT先進企業訪問記 第73回】
水道インフラを支えるフジテコムのクラウド型IoT遠隔漏水監視システム「リークネッツセルラー」
1. はじめに
私がフジテコム株式会社(本社:東京都千代田区)に興味を持ったのは、同社のクラウド型IoT遠隔漏水監視システムがきっかけです。同社は、道路の下など地下に設置されている水道管路からの漏水を遠隔監視できるようにするため、マンホールの金属製蓋の下に通信ユニットを設置しているのです(図1参照)。金属は電波をブロックします。極めて劣悪な電波環境なので、本当に通信できるのだろうかと心配になりました。この疑問は、無線を知っている人は誰でも抱くものです。この疑問を豊橋市との実証試験でクリアし、世に出したのがクラウド型IoT遠隔漏水監視システム「リークネッツセルラー」なのです。
図1:リークネッツセルラーのシステムイメージと設置イメージ
※音圧ロガー横の吹き出しの58dBは、音圧レベル(観測点で検出する音源による振動の強さ)を示す
(出所:フジテコム社ホームページ)
2. 水道インフラを支え続けて65年
同社の設立は1958年です。それまで運用が大変だった漏水探知器を、電子化技術により業界に先駆けて小型化した「電子式漏水探知器(WL-A)」を1961年に開発したことに始まり、その後も、音響解析や通信技術との融合をすすめ、相関式漏水探知器注1、ロガ型漏水探知器注2など、誰でも高い精度で簡単に漏水を探知できる機器を数多く提供しています。現在では、漏水探知の分野でキラリと光る国内シェアNo1企業です。
注1:管路の漏水点から伝播してくる漏水音を2個のセンサーで測定し、漏水音が到達する時間差から漏水点を特定する装置のこと。
注2:ロガセンサー(センサーで計測した結果を自動的に記録する機能を持つ装置のこと)と解析ソフトウェアの組み合わせにより、
多点間における同時相関処理により、一度の調査で複数の漏水点を特定することができる装置のこと。
このフジテコムの水道インフラへの貢献は、全国の水道事業の有収率推移と同社の商品開発の歴史を並べて見ると良く分かります。1965年に70%程度であった有収率が、漏水探知器の性能向上により2010年には90%にあがっています(図2参照)。ちなみに「有収率」とは、給水する水の量と料金として収入のあった水の量との比率のことです。 せっかく給水用に苦労して作った水が配水途中の漏水で失われてしまうと、それは水道事業にとっては損失となります。したがって漏水をなくし、有収率を高いレベルに維持することは水道事業者の健全経営にとっては必須の事項なのです。
図2:全国の水道事業の有収率の推移とフジテコムの商品開発の歴史
(出所:フジテコム社ホームページ)
3.「リークネッツセルラー」開発の経緯
図2を見ると、2010年から2020年の間では、有収率が上がっていないことが分かります。現在広く使われているフジテコムの管路漏水監視システム「リークネッツ」は、今回ご紹介する「リークネッツセルラー」の前身で、ネットワークには接続されていません。2013年から提供され、165事業体で30万か所以上(2022年8月末現在)に設置されています。管路を維持管理する職員は、システムが設置されている現場に出かけて行き、現場でデータを収集して持ち帰り、そのデータを分析して漏水の有無を確認し、修繕を行っています。その頻度は、豊橋市の場合は月に2回程度となっています。
水を運ぶ管路は老朽化が進んでおり、漏水事故のリスクが年々増加しています。一方で、水道事業では、維持管理を担当する職員数が減少し、管路の維持管理に必要なマンパワーや経験知が不足するという課題を抱えています。この従来のやり方では、手間がかかるだけでなく、漏水が発生してからそれを把握するまでのタイムラグが発生します。水道事業の課題解決に貢献できないだけでなく、漏水事故のリスクが高まっている状況では、有収率を引き下げる要因になりかねません。
この問題を解消するには、システムをネットワークに接続し、漏水の検知を遠隔から常時監視できるようにすることが必須なのですが、その時に立ちはだかったのが金属製蓋の下から電波で通信が可能かどうかという課題だったのです。これをクリアするには、実証試験を行って確かめることが必要です。同社は、このようなチャレンジに前向きで既存システムの改善を強く要望していた豊橋市上下水道局に実証試験の場の提供をお願いしています。同局は、管路の維持管理業務の改善につながる可能性を見い出し、これに協力しています。
また、同社は、通信分野に知見を持ち、システム設計や実装に強いUpside合同会社(本社:東京都千代田区)にも支援を要請しています。この会社は、IoT導入事例紹介の『漁場選択支援システム「パヤオナビTM」』で登場しています。
漏水監視システムのネットワーク接続というこの挑戦が成功した大きな要因は、LTE-Mと呼ばれる第四世代携帯電話のIoTサービス向け通信方式を採用したことです。金属製蓋の下からの弱い電波をきちんと受信するためには、基地局が近くにある必要があります。この必要条件を満たす移動通信システムは、密に基地局がある携帯電話に限られます。また、LTE-MはRepetition ( 繰り返し送信 )と呼ばれる機能を備えています。電波状態が悪く、基地局で一部のデータしか受信できない場合は、同じデータを繰り返し送信し、受信時にデータを合成することでデータ送信を成功させる方式です。まさに、「リークネッツセルラー」にうってつけの通信方式だったのです。
それでも、目に見えない電波の振る舞いには悩まされ、劣悪な電波環境を克服し、安定したデータ取得が可能になるまで随分苦労しています。梅雨の時期に通信ユニットが水没して、通信不能となったこともあったそうです。最後は、センサー部と通信ユニットを分離して通信ユニットの設置位置を工夫する、電波強度の強い携帯電話事業者を選択するなど、現場で細かいノウハウを積み上げることでこの課題を解決しています。これは、電波環境が異なるさまざまな現場で実証することが可能だったから実現できたことです。成功の大きな要因の一つは、豊橋市が実証試験の場を提供してくれたことだったのです。
4.「リークネッツセルラー」の概要
リークネッツセルラーの構成は、典型的なIoTシステムです。高感度な音圧センサーを搭載した機器を仕切弁や消火栓など管路の付帯物に設置し、管路を伝播する音圧レベルを測定します。このデータを、マンホールの金属製蓋の下にとりつけた通信ユニットから携帯電話の基地局経由でクラウドに送信・蓄積します。そして、モバイル端末で漏水の有無を常時確認できるようになっています。また、漏水発生時には、通知メールが送られてくるので、漏水事故が発生した迅速な対応が可能となっています。(図3参照)
クラウドに蓄積した音圧レベルの測定データは、フジテコムが開発したアルゴリズムを使って分析され、毎日、漏水判定結果という形で見ることができます。漏水判定結果は、Google Maps上で測定箇所を示すシンボルの色で表示されています。青(正常)⇒黄⇒赤(漏水の可能性大)へと、色で漏水の可能性を示しているので、管路の健全度を一目で把握することができます。確かに、見やすく使いやすいインタフェースとなっています。このインタフェースの実現には、現場でヒアリングを行い、要件再定義をしてソフトウェア改善作業を繰り返しています。
なお、「リークネッツセルラー」は好評で、2021年度に豊橋市で最初に導入された後、34の事業体で採用されています(2023年1月末現在)。今後、しばらく停滞していた有収率の向上に貢献することが期待されます。
図3:クラウド型IoT遠隔漏水監視システム「リークネッツセルラー」)の概要
(出所:豊橋市上下水道局提供資料)
5.今後の課題と展望
現在、リークネッツセルラーが対象としているのは、壊れると大事故につながる可能性が高い大口径の管路の監視です。しかしながら、実際に漏水が起こることが多いのは小口径の管路です。小口径の管路は市の中心部だけでなく、市の郊外にも広がっています。携帯電話の基地局は市の中心部では密に設置されていますが、郊外ではそうではありません。リークネッツセルラーを設置した場所の近くに基地局が存在しないケースもあり得ます。このような環境下で通信をどう確保するか、知恵を絞る必要があります。
また、小口径の管路は数が多いので、通信ユニットの価格や通信料をもっと安いものにしないと普及は難しいように思います。もちろん、漏水判定のアルゴリズムは管によって異なりますので、その開発も求められます。さらには、水道事業者が抱えている災害時における水道供給体制の確立のために、管路の耐震化の推進や応急給水・応急復旧体制の強化という課題にも対応しなければなりません。このためには、漏水修繕を実施した管路及び老朽管路等に関し、更新の優先順位決定に必要な支援が求められます。
フジテコムは会社創立60周年の際に、企業理念を再構築し「企業理念―フジテコムウェイ」を作成しています。「管路・漏水探知で培った技術で世界中の人々の豊かな生活と幸福を守ること」を使命とし、ステークホルダ―に対する「約束」と、約束を体現する行動としての「行動指針」、また順守する法令および倫理である「企業行動指針」を定めています。クラウド型IoT遠隔漏水監視システム「リークネッツセルラー」には、この使命を果たすことが求められます。先進的な製品やシステムの提供により、65年間に渡り水道インフラを支えてきた同社のさらなる活躍を期待したいと思います。
今回紹介した事例
IoT遠隔漏水監視システム「リークネッツセルラー」導入により水道管路の維持管理業務の効率化、漏水対応の迅速化を実現した豊橋市
当市は上水道事業への取り組みが早く、1930年(昭和5年)から水道を供用開始したこともあり、水を運ぶ管路の老朽化が進んでおり、漏水事故のリスクが年々増加している。漏水を早期に検出するため、2013年から漏水リスクが高い場所にフジテコム社の管路漏水監視システムを導入し、データ収集を開始した。...続きを読む
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