本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

 今回は2023年度のIoT導入事例の概要紹介の3回目です。

ここに注目!IoT先進企業訪問記 第85回

課題解決のアイディアを産業や社会で活かす-2023年度のIoT導入事例の概要(その3)

1.    はじめに

 2023年度のIoT等導入事例17件の概要紹介の3回目は、課題解決のアイデアを産業や社会で活かした6事例を紹介します。農林水産業の事例が3件あり、伝統的な産業でもイノベーションが可能であることが分かります。いずれの事例も先を読みながら実装を進めていることが印象的です。
 

2.    データ駆動型農業の普及に挑戦する高知県

 中山間地域が多く耕作地が少ない高知県ですが、面積当たりの農業産出額は断トツの全国1位です。これには、世界一のレベルを誇るオランダ農業の環境制御技術を高知県の気象条件に合わせて改良し、取り入れたことが貢献しています。2023年度末時点で、主要な品目であるナス、ピーマン、トマト、シシトウ、キュウリ、ミョウガ、ニラでは、約64%の面積で環境制御技術が導入されています。

ハウス内では様々な環境制御装置が活用され、光合成を最適化する管理が行われています。ハウス内の炭酸ガス濃度や温湿度などを計測し、炭酸ガス濃度が低下すると炭酸ガス発生装置が炭酸ガスを補給します。湿度が低下すると細霧装置が作動し、作物が最適な環境で生長できるようにコントロールしています。(図1参照)

図1:環境制御技術の概要
(出所:高知県農業イノベーション推進課提供資料)

 

 このような状況は、関係者の長い間の努力の賜物です。環境制御技術導入は、2013年から実証が始まっています。10年に渡る取り組みの間に、環境制御技術やデータ駆動型農業の重要性とメリットについて生産者の理解が進み普及したのです。高知県ではこのデータ駆動型農業をさらに発展させるため、2022年9月からIoP注1クラウド(SAWACHI)の本格運用を開始しています。出荷実績確認機能、全国市況チェック機能、病害虫情報や日々の栽培管理に役立つ情報、局地気象チェック機能、環境データモニタリング機能、警報機能などを提供し、IoPクラウドに集積された環境データや出荷データの分析・診断により、栽培技術の改善や経営の一層の最適化を図っています。

注1:IoP (Internet of Plants) は、花数、実数や作物生産を決定づける光合成の生理生態情報など、作物をインターネットでつなぎ情報を収集すること。

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3.    未経験者でもチャレンジできる新しい形の水産業に挑戦するリブル

 水産業では資源枯渇、海水温度上昇などの急激な環境変化が起きています。また、日本においては、高齢化が進む中で若手の就業者が少なく、漁業従事者数が急速に減少しています。このような環境変化に対応するため、リブル(本社:徳島県海部郡海陽町)は、未経験者でもチャレンジできる勘や経験に依存しない養殖手法の確立を目指し、餌代が不要で市場性が高い牡蠣養殖からその実践を開始しています。

 同社のスマート牡蠣養殖システムでは、我が国で一般的な筏などから牡蠣を吊り下げて養殖する吊り下げ方式ではなく、海外で行われている専用のバスケットを揺らしながら養殖するシングルシード方式注2を採用しています。そして漁師の勘と経験に頼っていた、牡蠣が斃死せずに身入りが良く質の高いものになる条件を海洋環境データ、生育データを収集し、分析できるようにしています。また、養殖管理アプリを開発し、データをクラウドに上げて関係者が共有し、蓄積されたデータの分析による適切な作業指示・提案、牡蠣の生育状況の把握・共有による適切な出荷計画の策定を可能としています。(図2参照)

 これらにより、未経験者でも養殖システムに参入することが可能となります。今後は、データ量を拡大しAI、機械学習を取り入れることで漁師の勘のデータ化、生育/出荷予測の見える化を目指しています。

注2:牡蠣をカゴに入れて、1個ずつバラバラで養殖する方法。プランクトンがむらなく牡蠣に回るため、牡蠣の生育が安定し歩留まりが良いといわれています。しかしながら、牡蠣を入れたカゴのメンテナンスなどで手間がかかり、コストがかかる可能性もあると言われています。

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図2:スマート牡蠣養殖システムの概要
(出所:リブル提供資料)

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4.    耕作放棄地を陸上養殖で活用し地方の課題解決に挑戦するCMエンジニアリング

 CMエンジニアリング(本社:東京都品川区)は、自社開発の「IoT向けのワイヤレスセンサネットワークシステムのプラットフォームTele-Sentient」を活用し、地方の課題を解決することができる新しい事業を探していました。その中でSeaside Consulting社が展開している耕作放棄地を利用したエビ陸上養殖に注目しています。現在、全国各地において耕作放棄地が増加している一方、陸上養殖市場は拡大しています。また、ベトナムの海外子会社で陸上養殖業者にモニタリング装置を提供した経験があり、これらのノウハウや資産を活かせる可能性があると考えたのです。

 耕作放棄地を利用した陸上養殖についてですが、養殖池は地方自治体から農地転用許可を受けてビニールハウス内に穴を掘り、シートを敷いて水を入れています。飼育槽内に陸上養殖システムのセンサノードに接続されたDO注3センサー、水温センサー、pHセンサーを設置し、データを収集・解析して水質管理、給餌管理を行っています。さらに、陸上養殖の課題である水質管理や給餌管理などの作業の効率化や属人化からの脱却、コストの6割を占める餌代の抑制や品質と歩留り向上を可能とするため、収集したデータと作業者の行動履歴を連携させるデジタルツイン技術の開発を進めています。(図3参照)

 このような環境の中でSeaside Consulting社が養殖したエビ(バナメイエビ)は「Bianca(ビアンカ)」というブランドで販売しており、ぷりぷりとした食感で甘みがあり、とても美味しいと好評です。これにより、高い付加価値を実現できています。

注3:溶存酸素(Dissolved Oxygen、以下DO と略す)とは、水中に溶解している酸素のことで、その濃度は単位容積当たりの酸素量(mg/L)で表わします。

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図3:陸上養殖システムの概要
(出所:CMエンジニアリング提供資料)

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5.    独自AIを活用し製造業の生産計画DXを推進するスカイディスク

 製造業では、生産計画立案に課題がある企業が沢山あります。現場の勘と経験頼みのオペレーションになっており、自社の正確な生産能力が分からず受注機会を逃す、生産管理の精度が低く残業が増加する、不良品が減らない、適正原価が把握できないなど悪循環が発生する、などの状況が起こっています。そして、これが企業成長の大きな阻害要因となっています。

 こうした課題を改善するためにスカイディスク(本社:福岡市中央区)は、2022年4月に製造業の生産計画立案を支援するサービス「最適ワークス」を正式リリースしています。そしてリリース後、短期間で100社超の企業に導入されています(2023年7月時点の実績)。

 最適ワークスは、どの製品を・何個・いつまでに、というオーダー情報から、設備・人員の最適な割付けを実現する生産計画をAIが立案します。まず、生産計画立案に必要なマスターデータ注4を簡単に設定できるツール「工程デザイナー」を使用して登録します。次に、独自開発した数理最適化注5AIを搭載した最適ワークスで生産計画を作成します。ある企業では、ベテランでも2時間、不慣れな方だとまる1日かかった生産計画を2分で立案できるようになりました。そしてこの計画を使うことで業務改善につながります。人との比較で7~10%程度、効率的な生産計画を作成できた事例もあります。また、設備稼働の最適化、納期の明確化なども可能になります。その結果、納期遵守率ほぼ100%を実現、不用品発生率0%、残業時間/残業代を20%削減、有給休暇取得率100%などの実績も出ています。さらには生産工程の見える化が進み、製造部署と生産管理部署との間での議論が具体的なものとなり、改善のためのPDCAを回しやすくなった事例もあります。(図4参照)

注4:生産計画を立てるためには、製品、工程、設備、生産能力、スタッフなど、様々な生産計画にまつわる情報とその関係性を、マスターデータとして整理し、紐付けて設定する必要があります。しかし、このマスターデータの設定は、製造におけるすべての要素や制約条件を洗い出すなど手間がかかる作業が必要です。「工程デザイナー」はこの設定・修正を簡単に実施するためのツールです。ある導入企業では、通常は数か月以上かかる導入期間を最短で1か月に短縮しています。

注5:数理最適化(数理計画法)とは問題解決の手法で、因果関係や規則、必要なデータの中で最適解を導き出すものです。

​​​​​​図4:最適ワークス利用のステップと提供価値
(出所:スカイディスク提供資料)

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6.    災害情報の一斉配信で防災、減災に貢献するアルカディア

 アルカディア(本社:大阪府箕面市)は、創業以来、音声認識や音声合成などヒューマンインターフェースの研究開発を独自に行っています。この技術を活用したのが、同社の音声合成エンジン「SpeeCAN(スピーキャン)」を搭載し、災害情報などをメール/電話 /FAX/SNS/緊急速報メール /防災アプリ /防災行政無線 /TVなどのメディアに一斉配信できるクラウド型一斉情報配信サービス「SpeeCAN RAIDEN(スピーキャン・ライデン)」です(図5参照)。圧倒的低価格が評価され、主要ユーザである全国自治体の導入数は700団体に迫っています(2024年6月現在)。

 SpeeCAN RAIDENは、さまざまな外部情報(J-ALERT/気象情報/消防指令/水位情報など)と自動連携が可能です。もちろん、配信情報の手動入力も行うこともできます。同社開発の音声合成技術を活用した音声による伝達は、その聴き取り易さから、全国の消防・防災危機管理現場で圧倒的な高評価を受けています。また、多言語翻訳機能は14言語以上に対応しています。

​​​​​​​​​​​​​​図5:SpeeCAN RAIDENのシステム構成イメージ
(出所:アルカディア提供資料)

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7.IoT機器のマルウェア感染・脆弱性診断サービスを無料提供する横浜国立大学​​​​​

 IoT 機器を狙うサイバー攻撃は増加を続けています。IoT機器がマルウェア感染しても、機器の多くは変化なく動作し続けるので、利用者が感染に気付きにくいという特徴を持っています。一方で、感染した機器は、外部の機器を継続的に攻撃します。また、マルウェアを送り込んだ者などからの指示により、オンラインサービスなどへの攻撃に加担します。つまり、知らないうちに外部に迷惑をかけ続けます。さらには、気付かない間に個人情報が盗まれたり、不正サイトに誘導されたりするなど、感染した機器のユーザ自身に被害が及ぶケースもあります。

 そこで横浜国立大学は、2022年2月からマルウェア感染注6や脆弱性注7の有無を診断する「am I infected?」サービスを無料提供しています。マルウェア感染の有無は、サイバー攻撃観測システム注8の観測データ使って判断します。マルウェア感染機器は、感染を広げるために無差別に通信を試みて脆弱な機器を探します。このような無差別な通信は、マルウェアの活動を常時観測しているサイバー攻撃観測システムに対しても行われるので、同システムはマルウェア感染機器を把握できるのです。また、脆弱性の有無の検査は、株式会社ゼロゼロワンが開発したIoT検索エンジンKarmaに実装されている個々のIoT機器を判別するシグネチャ技術を用いています。(図6参照)

本サービスを用いると、簡単な手順で機器のマルウェア感染や脆弱性の有無を確認することができます。問題が発見された場合は、ルーターのファームウェアを更新して再起動するなど示された手順に従って操作することで是正することができます。このような操作を行った後にも問題が続く場合は、支援を要請することも可能です。サービス開始から2024年6月13日までに、延べ利用者数は116,342人、総検査回数は191,257件となっています。そして感染疑い件数は543件(0.28%)、脆弱性疑い件数は681件(0.36%)となっています。

注6:マルウェア(malware)は、「malicious software」(悪意あるソフトウェア)の略。感染した機器に不正かつ有害な動作をさせるプログラムの総称。マルウェアが動き出すことを感染と言います。ルーター、ネットワークカメラ、プリンタなどのIoT機器もマルウェアに感染します。

注7:脆弱性とは、セキュリティ上の欠陥のこと。そのような欠陥は、例えばファームウェア(IoT機器の中で動作するプログラム)に内在する設計や実装ミスなどのプログラムの不具合によって生じます。マルウェアは、脆弱性を利用してIoT機器に感染します。

注8:横浜国立大学 情報・物理セキュリティ研究拠点が運用しているハニーポット及び国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が開発・運用しているサイバー攻撃観測・分析システム「NICTER」。

図6:「am I infected?」がマルウェア感染・脆弱性の有無を診断する仕組み
(出所:横浜国立大学 吉岡 克成 教授提供資料)

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8.      おわりに

 紹介した6つの事例は、いずれも課題をしっかりと把握し、その解決のためのアイデアを具体的な形にしています。このような新しいアイデアがさらに発展し、普及する中で産業や社会が進化するのだろうと感じています。2024年度も面白いアイデアを実装したIoT等導入事例の発掘に力を注ぎたいと考えています。

 

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