本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

ここに注目!IoT先進企業訪問記 第98回

当たり前になったさまざまな関係者との共創 2025年度のIoT等導入事例の概要(その1)

1.  2025年度のIoT導入事例の特徴

 2025年度のIoT導入事例には、①社会課題への対応、②画像・映像データの活用、③さまざまな関係者との共創、という最近の三つの大きな潮流に沿ったものが多かったと感じています。これら三つの潮流は、地域活性化の必要性・現場の人手不足など社会課題の深刻化、AIなどの情報通信技術がツールとして認識されるようになったこと、など複数の要因が重なり、「技術起点」ではなく「課題起点」のDXが主流になったことを示しています。

 社会課題への対応に関しては、医療・林業・農業・海洋環境・観光、ヘルスケアの事例を取り上げています。高齢化、人手不足、環境劣化、地域産業の衰退といったさまざまな構造的な社会課題に対し、現場の制約を踏まえた実装型のDXが進展しています。最近では、企業が投資家や株主に対して経営情報や財務データをまとめて提供するIR資料においても、社会課題を扱うことが多くなっています。まさに、社会課題の解決が価値創造の源泉になっているのです。

 画像・映像データの活用が多かったのも興味深く感じました。医療・林業・農業・海洋環境・観光における事例がそうでした。これらの事例のなかにはAI解析を組み合わせ、高度な判断支援を可能にしているものもありました。眼科医療におけるAIによる診断支援、海中映像のAI解析、観光地の人流分析などがそうでした。皆さんの現場でも、画像・映像データを活用した判断支援の余地はないでしょうか。2025年度の事例は、その可能性を強く示していますし、判断支援には専門的知見が必須なので、生成AI時代における重要な武器となる可能性があると感じています。

 さまざまな関係者との共創に関しては、専門家、利用者、自治体、漁業者、農家、大学など、多様な主体との連携が当たり前になっています。現場との連携・産学官連携・地域との協働などの共創体制を上手に構築することが、成果を左右すると認識される時代に変わったと感じました。2015年にスマートIoT推進フォーラムの活動が始まった頃には考えられなかった大きな変化です。

 それでは、今回と次回の2回に分けて、2025年度のIoT導入事例の概要を順に紹介していきましょう。今回は、社会課題のうち地域課題に着目し、地域と共創してこの解決に挑戦した4件の事例を紹介します。地域課題の解決は、社会課題の中でも特に“現場の制約”が強く、技術の実装力が問われる領域です。紹介する事例は、その制約を乗り越えた実装型DXの最前線です。そして次回は、社会課題や現場課題の解決に挑戦した5件の事例を紹介いたします。
 

2.2025年度のIoT等導入事例の概要(その1)

2.1 林業現場の危険作業の遠隔化に挑戦している古野電気 ー山間部の“通信圏外”を突破し地域と共創ー

 古野電気は、過疎化と高齢化で人手不足が深刻化する徳島県那賀町の林業現場と共創し、危険作業の遠隔化を実現する通信基盤の開発・実証に挑戦しています。山間部でも長距離通信が可能なWi-Fi HaLowと、圏外地域でも利用できるStarlink衛星通信を組み合わせ、グラップル(木材を掴んで運ぶ装置)作業の遠隔操作や現場の遠隔モニタリングを可能にした点が特徴です(図1参照)。自治体・大学・地元林業者など多様な関係者が実証段階から一体となって現場に入り込み、現場で強固な協力体制を確立したことが成功の鍵となっています。

 同社の事例は、危険作業の安全性向上と省人化を両立し、かつ、通信圏外の問題を解決し、地域との共創で地域産業の持続性を支える現場発DXの好例です。

図1:林業機械の遠隔操作化および現場モニタリングの実証実験
(出所:令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業(実証事業)成果報告書)

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2.2 農業課題の解決に斬新なアイデアで挑むエムスクエア・ラボ

 エムスクエア・ラボは、農業が抱える閉鎖性や流通の非効率といった課題に対し、地域の農家や物流事業者などとの対話を重ねながら、農業×テクノロジーの仕組みづくりを進めてきました。分散した生産者と需要者をつなぐ「やさいバス」は、ICTで受発注と物流を最適化し、ミルクラン方式で配送効率を向上しています。生産者と需要者をつなぐ地産地消モデルは配送コストが高いという欠点があるのですが、この問題をミルクラン方式で1/3に抑制することができたのです。現在では、静岡を起点に全国17都道府県に展開しています。また、データを使うことで商品の過不足を抑制するだけでなく、事業自体の運営効率化・利益率向上を実現しています。

注:牛乳業者が酪農家の間を回って牛乳を引き取っていく形態になぞらえた用語。ミルクラン方式では、製造業者自身、もしくは委託された輸送業者が決められたルートで発荷主を回り集荷を行います。個々の納入量がトラック一台に満たないような少量の場合、あるいはサプライヤーが一定の地域に密集している場合などに有用です。

 一方、「Mobile Mover」はスズキ製電動車椅子をベースにした協働型ロボットで、農家の負担軽減と作業の楽しさを両立する設計が特徴です。いずれもユーザとの対話を重視し、既存技術を柔軟に組み合わせて低コストで実装。静岡県西部を拠点に活動を広げ地域課題の解決に挑戦するだけでなく、インドに現地法人を設立し世界課題の解決にも挑戦する共創型の農業DXモデルとなっています。

 同社のソリューションは、地域や現場のリアルなニーズに寄り添い、丁寧に構築されているのが特徴です。社会課題をどのように解決するか、そして持続可能な価値創造をどう設計するかを考える際のヒントが詰まっています。

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2.3 海中環境の可視化により地域課題の発見・解決をめざすMizLinx

 MizLinxは、磯焼けや漁業衰退など沿岸地域の深刻な課題に対し、長崎県五島市で漁業者・自治体と密に連携しながら、海洋モニタリング装置「MizLinx Monitor」を開発・実証しています(図2参照)。カメラとセンサーを搭載した小型装置を海上に浮かべ、水温・塩分濃度・溶存酸素量などの環境データと海中映像をクラウドに送信。AI解析により魚種判別や行動分析を自動化し、藻場再生や食害対策の効果検証をデータに基づいて行えるようにしました。海中環境を「見える化」して共有可能な情報に変換し、地域の合意形成を支える点が大きな価値となっています。厳しい海上環境での長期稼働を実現する技術力と、地域と共に課題を発見・解決する共創姿勢が特徴的な海洋DXの先端事例です。

図2:水中IoT技術 海洋観測システム「MizLinx Monitor」
(出所:MizLinx提供資料)

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2.4 データの地産地消で地域課題の発見・解決に挑戦する名古屋大学と高山市

 名古屋大学と高山市は、観光都市が抱える人手不足や施策の効果測定の難しさに対し、AIカメラによる人流データを「オープンデータ」として公開し、地域全体で利活用する仕組みを構築しています(図3参照)。大学・行政・事業者・市民が同じデータを共通言語として扱い、店舗の営業時間調整やイベント効果測定など実務に直結する改善が進んでいます。さらに高校生も参画し、SNS支援やデータ分析を担うなど、地域のデジタル人材育成にも発展。産学官民が一体となり、データを地産地消することで、地域課題を自ら発見し解決する循環を生み出した点が特徴です。継続的な対話と共創によって、持続可能な地域DXの基盤を創り出しています。

 この事例は、自治体や地元事業者が「若者とともにDXを進める」上でのヒントに満ちています。地域課題を大学生・高校生と共有し、若者のアイデアやICTスキルを活かす「まちづくり」の新しい手法として、注目される取り組みです。

図3:高山市 産学官民連携プロジェクトの概要
(出所:名古屋大学提供資料)

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3.   おわりに

 これらの事例を振り返るとまず地域の課題があり、その解決のためにIoTやAIをツールとして活用していることが分かります。そして、それらの活用は、未来の地域づくりに直結する「実装フェーズ」へと進んでいることが分かります。画像・映像データの活用、AI解析、そして多様な主体との共創は、今後のDXを支える基盤です。技術が現場に寄り添い、人と地域をつなぎ、持続可能な価値を生み出す――。こうした取り組みがさらに広がることを期待したいと思います。

 次回は、地域以外の社会課題や現場課題、輸送、医療、製造、データ連携、ヘルスケアなどの課題に挑んだ6つの事例を紹介いたします。

 

 
 
IoT導入事例紹介