IoT導入のきっかけ、背景
北海道の農山漁村では、高齢化や人口の減少によって、生活に不可欠なインフラサービスの低下が課題となっている。平均気温が氷点下となる北海道の冬に欠かせない灯油の配送もその一つである。北海道の暖房用燃料は灯油の割合が高く、各戸には容量約490ℓの大型タンクが備わっており、灯油配送業者が各戸を訪れて給油を行うケースが多い。
北海道は最深積雪量が時に200cmを超える場所もある豪雪地帯でもあり、給油はタンクの設置場所まで雪をかき分けて行う必要がある。加えて、給油ができず灯油切れが発生してしまうことは許されない。そのため作業には、肉体的な重労働に加えて心理的なプレッシャーも伴う。このような環境で確実な配送を行うために、配送業者は定期的に各戸を巡回して給油を行っている。この際、配送に行ってみると思った程灯油が減っていない場合があり、配送タイミングを最適化することが課題であった。こうした最適化ができないと、人手不足や採算性の悪化のために、灯油配送が継続できなくなってしまう。
こうした中、創業者の多田満朗氏が北海道出身であるベンチャー企業のゼロスペック株式会社は、灯油残量を遠隔監視できる「スマートオイルセンサー」を開発し、都市部で配送最適化の実証実験を行っていた。この取り組みは、農山漁村にこそ有効になる。このため、ゼロスペックは地方でも実証実験を試みていたが、同社一社で関係者と調整を行うことが難しいケースもあり、石狩振興局に相談を行った。
石狩振興局もこの課題を認識しており、将来的に灯油の配送が受けられない「灯油難民」が発生するという危機感を持っていた。ゼロスペック社の提案は、ICTを用いたシンプルな仕組みによってこの課題を解決しようとしており、地域活性化や通信インフラの整備につながる期待から本件の支援を決定し実証実験がスタートした。
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL
サービス名:IoTを活用した農山漁村の灯油難民防止等に向けた地域実証実験
報告書URL:http://www.ishikari.pref.hokkaido.lg.jp/ss/num/iot-touyu.htm
導入事例の概要
ゼロスペック社が開発した蓋一体型のスマートオイルセンサーを灯油タンクの従来の蓋の代わりに取り付け、液面の高さをセンシングし、IoT向けの無線通信であるLPWA(Low Power Wide Area)を介してデータを送信。データを元に灯油の減り具合をモニターし、配送タイミングの最適化が可能かを検証した(図-1を参照)。
実証実験は、純農村地帯で豪雪・厳寒地域であり、かつ札幌から40Kmの位置で通信インフラの設置を行いやすいことから、新篠津村を対象に選定した。協力していただいた灯油配送業者はJA新しのつである。
図-1 実証実験の概要
導入事例の内容詳細
(1) 実証実験の実施体制
本実証実験には、センサーを提供するゼロスペック社に加えて、実験の舞台となる自治体、そこで業務を行う灯油配送業者、通信サービス提供事業者など多くの関係者の協力が必要であった。そのため、石狩振興局が中心になって関係者との調整や折衝を行い、図-2に示す6社で実証実験を行う体制を確立し、タイアップ事業協定を締結した。平成29年9月から検討を開始し、11月27日には協定締結にこぎ着け、同年度の冬季に実証を行うことができた。
通信サービスは、安価に広域サービスを実現できることから、平成29年3月からサービスを開始したLPWA Sigfoxを提供する京セラコミュニケーションシステム株式会社に協力を要請し、同地区での商用サービス開始前に、実証実験のための基地局を前倒しで設置していただいた。
図-2 実証の実験の実施体制
(2) 実証実験の概要
実証実験に参加していただける家庭に97個のセンサーを設置して、平成29年12月~平成30年5月まで実証実験を行った。灯油配送に関しては、従来の定期配送を基本に行い、実際の配送実績と得られたデータ(灯油残量)から算出できる最適化した場合の配送を比較した。
各戸の利用者は、灯油タンクの蓋をスマートオイルセンサーに交換するだけでよく、配線工事やその後の維持管理(バッテリー交換を含む)が不要である。灯油タンクの蓋をセンサーにするという発想によって、誰もが簡単に扱えるシンプルな仕組みを実現した。
センサーは1日に数回タンク内の液面の高さを測定し、数回分の測定結果を1日に1回送信する。この測定結果を、配送業者のPC等に毎日お知らせした。
(3) 実証実験の結果と成果
図-3に実証実験における通信成功率を示す。付近10Km以内に基地局が1局のみであった12月においては成功率が98%台であったが、近隣の関係機関への基地局設置が進んだ1月以降は通信品質が向上。実証事件期間を通じての通信成功率は99.7%となった。従って、厳寒・豪雪においても、十分実用に耐えうる水準であることが確認できた。
図-3 通信成功率
センサー設置による灯油配送の効率化については、以下の検証を行った。
- センサーデータと実際の給油のタイミングから、給油は平均してオイルの液面の高さが約410mm(灯油量に換算すると残量約285ℓ)の時に行われていた。
- これを、250mm(灯油残量に換算すると約175ℓで、タンク容量の約30%という安全マージンを加味した値)に達した時点で給油するものとした場合、給油回数は全体で約37%削減される。
- 実際の給油は残量が閾値に達した時だけではなく、閾値以上のタンクでも同日の配送ルート上にある場合はまとめて給油を行う効率化が可能である。また、全ての家庭にオイルセンサーが装備されない場合も想定する必要がある。この点を加味すると、センサーを設置する家庭が全体の54%(今回の実証実験でセンサーを配備した家庭の割合)であっても、まとめ配送を行うことによって、配送日数を約36%削減できることが試算できた。詳細な計算根拠は報告書を参照されたい。
概要図
実証実験の詳細を図-4に示す。
図-4 システムの詳細
取り扱うデータの概要とその活用法
スマートオイルセンサーは以下の情報を収集・送信している。
- タンク内のオイル液面の高さ(mm)
- 温度、湿度
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
- ゼロスペックがスマートオイルセンサーの開発を始めた際は、ベンチャー企業であるため、開発資金の確保に苦労した。
- 石狩振興局では、取り組みに関して関係者に十分な説明を行う必要があった。例えば、実証実験の候補地として、新篠津村を選定した際は、その理由について村役場に説明を行った。
- 灯油配送業者として協力いただいたJA新しのつには、実験の成果を評価するために、配送関係のデータを提供していただく必要があった。そのため、本取り組みの意義や将来的なメリットを丁寧に説明して、最終的にご理解をいただいた。
- 実証実験を行った結果、民間の技術と知恵・活力を生かし、道内ではまだ数の少ない、IoTの実装事例を創出することができた。
- 本取り組みによって、総務省の「ICT地域活性化大賞2019」の最高賞である「大賞/総務大臣賞」を受賞することができた。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
- スマートオイルセンサーの開発では、小型化、省電力化、感度の向上を、改良を繰り返しながら地道に進めた。
- 小型化の実現にはLPWA(Sigfox)の採用が寄与した。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
インフラを担うサービスとしてIoTを使う場合は、通信の信頼性も重要な要素となる。今回の取り組みを通じて、ゼロスペックの立場からは、通信事業者とサービス提供者の責任分担や通信品質の評価に関しての共通的な基準整備が必要と感じている。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
スマートオイルセンサーを用いた灯油残量の監視は、配送の効率化だけではく、灯油消費量の推移のモニターによって、高齢者宅の見守りに活用することが期待されている。
将来的に展開を検討したい分野、業種
ゼロスペックとしては、まず本センサーを広めたい。その上で、灯油以外の様々な液体を使っている産業や業種にこの技術を広めたい。
本記事へのお問い合わせ先
北海道石狩振興局 産業振興部 農務課主査(企画)
【センサーに関する問い合わせ】
ゼロスペック株式会社 URL : http://www.zero-spec.com
【Sigfoxに関する問い合わせ】
京セラコミュニケーションシステム株式会社 URL : https://www.kccs.co.jp