IoT導入のきっかけ、背景
石川県産高級ぶどう「ルビーロマン」は、写真-1に示す鮮やかな赤色(ルビー色)と国内最大級の大粒が特徴である。ルビーロマンは石川県が14年の年月を経て開発した育成品種であり、その栽培を推進するだけでなく、生産者、農業団体、市場、県などの関係者が一体となってブランド化を進めてきた。
ルビーロマンは平成20年度から出荷を開始したが、ブランド化のために厳しい出荷基準を設けている。具体的には、専用のカラーチャートを用いて実が鮮やかな赤色に色づいていることを検査し、かつ1粒の重量が20g以上、糖度が18度以上の条件をクリアした房のみを出荷している。こうした品質管理によって商品価値を高め、毎年の初セリでは1房100万円以上の値を付けるなど高値で市場取引されるようになっており、市場からは出荷量の拡大が強く求められている。
厳しい出荷基準をクリアするためには、高度な栽培技術が必要である。一方で、熟練者の技術継承が進んでおらず、生産者120名の約6割は、上記の出荷基準をクリアした房の商品化率が50%未満である(平成29年度)。そのため、市場の期待に応えるためには、技術継承を促進し、商品化率を引き上げることが課題となっている。
技術の継承には、生産者への技術指導が欠かせない。そのために、県の普及指導員が各生産者の圃場(ぶどう畑)を巡回し、現場で生育状況を見ながらマンツーマンで技術指導を行ってきた。しかしながら、こうした現場ベースの指導にも課題があった。県内の生産地が広範囲(約120km)にわたることなどにより、指導できる回数に限界があったのである。したがって、現場に出向く回数を減らすため、遠隔指導に適した環境構築について考える必要があった。
これらの課題解決に向けて、石川県かほく市、公益財団法人いしかわ農業総合支援機構、石川県農林総合研究センター、株式会社NTTドコモ、株式会社キーウェアソリューションズ、慶應義塾大学とコンソーシアムを立ち上げ、熟練生産者の栽培技術をスマートフォンなどで効率的に学習できる「学習支援システム」と、スマートグラスを活用した「遠隔指導システム」の実証を実施した。
写真-1 ルビーロマンの外観
(出所:石川県農林総合研究センター農業試験場ホームページ)
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL、主な導入企業名
サービス名:「匠の技」を活用したIoT技術指導モデル
関連URL:
- 石川県農林水産研究成果集報 第 21 号(2019)― ブドウ「ルビーロマン」のジベレリン処理 ・摘粒ノウハウの見える化
- 石川県農林水産研究成果集報 第 22 号(2020)- ブドウ「ルビーロマン」の動画を使った 熟練農業者のノウハウ 学習コンテンツの開発
サービスやビジネスモデルの概要
本取り組みでは、IoTを活用した以下のサービスを構築し実証を行った。
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ルビーロマンの栽培には高度な技術が求められるが、その技術のほとんどは形式知化されていない暗黙知であった。そのため、実際の画像や動画を見て学ぶことができる問題集型の「学習支援システム」を構築した。
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ウェアラブル端末を活用した遠隔指導システムを導入した。また、高解像度映像を用いた遠隔指導システムを検証した。
- 商品化率の異なる生産圃場の環境において、センサーにより様々な環境データを収集し、その可視化に取り組んだ。また、データの分析結果を踏まえて「栽培マニュアル」を改訂した。
内容詳細
(1) 熟練者の暗黙知を形式知化した学習支援システム
厳しい出荷基準を設けたルビーロマンの栽培には熟練の技術を要する管理作業が多く、中でも特に高度な技術が求められる「ジベレリン処理」(種なしぶどうにするための処理)、「摘粒」(粒の間引き)について、熟練生産者の作業や作物の画像をベースに「問題・回答・ポイントの解説」をまとめた学習コンテンツを作成した。
ふどうは花から房が形成される時期に多くの粒をつけるが、ルビーロマンの場合は、最終的に房あたり25粒程度に間引く摘粒を行う。摘粒によって、粒に十分な栄養を行きわたらせて糖度を高めると同時に、粒が成長した際にぶつかり合って割れてしまう裂果を防いでいる。摘粒は、房全体が成長した時に、粒の間隔や房の形が最適になる状態をイメージして行う必要があり、ここに熟練者の経験が求められる。
本システムでは、房がどのような状態になった場合にどの粒を間引くかの判断を、図-1に示す画像を用いた問題集によって学習できるようにした。
図-1 学習支援システムによる栽培技術レベルの底上げ
(出所:石川県提供資料)
ルビーロマンは果粒が大きいことから、粒抜けなどにより房に大きな穴が空くと「房型不良」と呼ばれる商品価値が無い形状になってしまい、これが商品化率を落とす要因となっている。そこで、摘粒や粒抜けの穴あきを埋めるための「粒の配置替え」を行うが、この作業も熟練技術を要する。配置替えの際には、写真だけでは表現が難しい動き(両手の使い方や房の触り方など)を伴うため、熟練生産者の実作業をウェアラブルカメラで動画撮影し、この動画も盛り込んだ問題集としてコンテンツを作成した。
上記に示した摘粒や配置替えにおける長年の経験に基づく状況判断と作業は、熟練者が、言葉に表出化して伝えることが難しかった。本システムによって、暗黙知であった状況判断と作業を見える化することで形式知化することができた。生産者からは、「父親の言葉では良く分からないことが、このシステムを使うことで理解できた」という声をいただけた。
これらのコンテンツは、タブレットやスマートフォンでいつでも利用可能にしており、新規就農者や経験の浅い生産者が、圃場での作業の合間に自宅から学習を行うことなどによって、短期間で技術を身に付けることが可能となった。
(2) カメラ画像を用いた遠隔指導システム
厳しい出荷基準に対応したルビーロマンの栽培では、遠隔指導の際にモニター画面を通じて正確な着色判断やごく細かな傷のある障害果を発見ができることが必須であり、色彩状態などを正確に伝える高い映像品質が求められる。そのため、既存製品(HD画質、4G/LTE通信)による遠隔指導の仕組みに加え、より高解像度の4K、8K映像を用いて遠隔で判断が可能かどうかの検証を実施した。
遠隔指導は、指導を受ける生産者が装着するスマートグラス、指導員が使用するPC、映像処理と配信を行うサーバー(NECソリューションイノベータ提供)、各ノードをつなぐ4G/LTE通信(NTTドコモ提供)により実証を行った。この実証では、スマートグラスで作物の映像を撮影し、これを遠隔地にいる指導員が確認して指導を行った。
現行のHD映像・4G通信技術では、品質基準の一つである色彩や病斑などの確認が困難であったことから、NTTドコモの5G検証施設において8K映像を5Gにより伝送し、検証を行った(図-2を参照)。8K画像では、粒の表面の状態を細部まで鮮明に表現でき、さらに立体感も表現された。そのため、従来は指導員が圃場で現物を見ないと分からない、裂果の原因になる傷などを遠隔から識別可能であることが分かり、遠隔指導の更なる発展の可能性を確認できた。
図-2 5G,8K映像を使用した技術指導の遠隔化
(出所:石川県提供資料)
(3) 生育環境データの可視化
昨今の温暖化などの異常気象を背景に、栽培圃場における生育環境データを収集し、その可視化を行うことは作業判断のための貴重な指標の一つとなる。栽培圃場の各種センサーデータの収集については、LPWA(LoRa)注無線通信の利用可能性を調査した上で導入した。これにより、最適で安価なデータ収集環境を構築できたと考えている。
収集した環境データと生産者情報(商品化率、不良発生率など)の相関関係を分析し、商品化率に大きな影響を与える3要素(棚上温度、棚下照度、土壌水分含有率)を特定し、これらの環境データを基に圃場環境に働きかける作業を形式知化し指標化した。
これらの指標は、現在の作業指針や技術指導にはない項目であり、環境データに基づくエビデンスをベースとした新たな指標となった。
注:LPWAは、Low Power, Wide Areaの略語。低い消費電力と長い通信距離が要求されることが多いIoT(Internet of Things)に適した無線通信技術。LoRa はLong Rangeの頭2文字をつなげたもので、LPWA通信の通信方式の一つ。
概要図
今回の取り組んだ、「匠の技」を活用したIoT技術指導モデルの全体像を図-3に示す。
図-3 「匠の技」を活用したIoT技術指導モデルの全体像
(出所:石川県提供資料)
取り扱うデータの概要とその活用法
収集データと活用法を以下に示す。
収集データ | 活用方法 |
温湿度(棚上)、温湿度(棚下)放射照度、風速、風向、土壌水分、土壌湿度 | 圃場環境と作業の相関を把握、熟練技術の分析に活用 |
粒配置換えの作業動画 | 熟練農業者技術のデジタル学習教材の素材活用 |
ブドウ房写真 | 房変化記録、熟練技術分析に活用 |
ブドウ房8K動画 | 遠隔指導実証に活用 |
センサー設置地点の電波強度の情報 | LPWA(LoRa)通信の電波調査に活用 |
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
ルビーロマンの生産地は石川県の加賀から能登に渡る広範囲(120km)に及び、圃場での現地指導に限界があることから、遠隔指導を行う仕組みが必要であった。
HD画像と4G/ LTE通信などを活用した仕組みにより遠隔指導を試行したところ、普及員の指導回数が増加(10回→20回)し、移動時間が減少(45分→23分)する効果が得られた。その一方で、HDの画質では、厳しい出荷基準である着色度合いの判別や障害果の発見が困難であることが判明した。
このため、NTTドコモの5G検証施設において、ルビーロマンの8K高解像度映像を5Gにより伝送する試験を実施し、粒がHD画像よりも立体的に見えることやHD画像では困難であった着色度合いや病斑等を判別できることを確認した。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
遠隔指導のために8K/5Gを活用したことで、将来における可能性を実証することができた。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
映像を用いた遠隔指導では、長時間の使用により指導者、生産者ともに画面酔いが発生することがあるため、状況によっては動画ではなく静止画像での指導にするなど、指導方法に関してガイドラインが必要と考えている。
LPWA通信のエリアに関しては、見通しの場合3km程度のエリア形成が可能であることを確認した。ただし、樹木、建物などの障害物による電波強度の減衰が大きいことから、アンテナの設置場所を十分に検討することが必須となる。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
本システムの県内他品目への普及展開を検討している。加えて新規就農者などの担い手の育成支援にも活用していきたい。
本記事へのお問い合わせ先
公益財団法人いしかわ農業総合支援機構 農業経営戦略G
e-mail : info@inz.or.jp