IoT導入のきっかけ、背景
当社は製造業における原価管理の自動化に着目し、これをIoTで実現するサービスを提供するベンチャー企業である。
製造業において、製品の原価を正しく把握することは経営の根幹である。生産開始時の見積り原価に対して実際の製造原価が上振れした場合、これを修正できずに生産量が積み上がると原価率の悪化につながるためである。そのため、見積りと実際の原価に差が発生していることをいち早く見つけ、その原因を突き止めて対策を打つ必要がある。
原価は、材料費、労務費(製造に関わる人の人件費)、経費(間接費、減価償却費など)から構成される。最終製品を組み立てるメーカーに部品を供給するTier1(ティア1)と呼ばれる一次請負の製造業では、一般的に材料費と労務費の比率は7:3であるが、Tire1に部品を供給するTier2, Tier3と呼ばれる二次請負、三次請負の製造業では3:7に逆転する。中小のTier2, Tier3企業では、生産工程に人が介在することが多く、労務費が原価の最大要素となっている。そのため、労務費を正確に把握することが原価管理上重要なのである。
労務費の見積りと実際の値に差が発生する原因を突き止めて対策を打つためには、合計費用を集計するだけでは不十分である。このためには、工程ごとに人がどれだけ作業したかを示すデータが必要である。
工程ごとの作業時間を収集するために従来から様々な取り組みが行われているが、うまくいかないことが多く決定打がない状況であった。例えば、ストップウォッチやバーコードのスキャンを使って工程の入りから出までの作業時間を計測することができるが、データ収集のための管理コストが発生する、作業員の負担が増えるなどの理由から継続的なデータの収集ができないことが多かった。
当社はこの課題を解決するために、IoTを活用して作業者への負担なく作業時間を収集し、工程ごとに発生する原価として自動的に見える化するサービスGenKanを開発した。第一弾として、2019年3月に自動車部品などの量産工場向けのβ版を提供し、多くの企業への導入と実証を経て、多品種少量生産を行う中小企業向けの機能を追加した正式版を2020年11月1日にリリースしている。
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL、主な導入企業名
名称:GenKan(Gen場とGen価をKan理する)
サービスやビジネスモデルの概要
GenKanは、原価を見える化し、データに基づいた製造業のデジタル化を実現するためのサービスである。原価を見える化することによって、以下の打ち手が可能となる。
- 同じ製品を長く作り続ける大量生産の場合、原価変動のグラフや工程ごとの発生原価から、量産開始時の見積り原価と製造原価の差を分析し、工程の改善を実施することによって原価率の悪化を食い止める。
- 製品の生産期間が短い多品種少量生産では、新規受注のために頻繁に見積りを行う。見積りの際には、過去の原価見積りを基に計算を行うことが多いが、見積りのサイクルが短いために、参考にした過去の見積り原価と実際の製造原価の差を反映できず損失につながることがあった。そこで、日々の単位で実際の原価を見える化することによって、見積り精度を向上し損益を改善する。
- 工場の稼働状況を見える化し、受注の平準化や繁忙時の受注判断を的確に行う。
- 生産進捗を見える化し、納期管理を効率的に行う。特に、複数の製品が混在して流れる多品種少量生産の生産管理を効率化する。
コロナ禍によって、製造業においても、営業や生産管理担当者がテレワークを行うことが求められている。このように頻繁に生産現場を訪れることができない中で、GenKanによる原価管理の自動化を起点として現場と経営をつなぐことによって、迅速な経営判断が可能となる。
GenKanはデータを収集するセンサ類を含めて月額料金のサービスとして提供している。また、中小企業でも導入しやすい安価な価格設定としている。
内容詳細
GenKanの提供機能の一例として、多品種少量生産における、工程ごとの人の稼働時間を収集する仕組みと原価の見える化を記載する。
(1) RFIDを用いた手作業工程の計測
多品種少量生産においても、製品ごとにあらかじめ決められた生産工程がある。例えば、金属製の板材を加工して自動車や電気製品などの部品を作る板金加工の場合、レーザーカット、曲げ、溶接(組み立て)、検査が主要な工程となる。その中で、人が作業を行う手作業工程の作業時間を以下に示す方法で計測する。(あわせて図-1を参照)
- 受注後に作成する作業指示書に製品のIDを書き込んだRFIDタグを貼り付ける。
- RFIDタグを貼り付けた指示書をRFIDリーダ(センサ)の近くに置くことで作業開始を記録する。
- 指示書を片付ける(リーダから離す)ことによって作業終了を記録する。
RFIDを使った方式によって、従来の作業フローを変えることなく、あらかじめ定めた場所に指示書を置くだけで、漏れなくデータを取得することができる。本方式によって、指示書に印刷したバーコードを読み取る方式などと比べて作業員への負担をかけずにデータを収集できるようになった。
図-1 RFIDを用いた作業時間の計測
(出所:KOSKA提供資料)
(2) 人認識カメラを用いた自動化工程の計測
機械を使用した自動化工程でも、機械への段取り替え(例えば、切削加工に使用する工具の取り替え)や機械への材料の投入などで、人が機械の周辺に滞在することがあるためこの時間を計測する必要がある。GenKanでは、このために人認識カメラを使用している。
人認識カメラは、エッジデバイス内でディープラーニングを用いた人の姿勢推定を行うことによって、人の滞在時間を計測する(図-2を参照)。収集したデータを使用して図-3に示すように工程の稼働状況を見える化する。
図-2 人認識カメラの動作イメージ
(出所:KOSKA提供資料)
図-3 工程の稼働状況の見える化(青の線は人の滞在時間を示す)
(出所:KOSKA提供資料)
(3) 生産実績の見える化
(1)(2)項のセンシングで収集したデータから、図-4に示すように製品ごとの生産実績の見える化を行う。従来は作業日報を作成することによって生産管理を行うことが多かったが、情報の精度が低く十分な生産管理ができなかった。GenKanでは、日報より精度が高い作業実績データを自動的に集計することによって、生産管理や納期管理の効率化を実現する。
図-4 ⽣産実績の⾒える化
(出所:KOSKA提供資料)
(4)原価の見える化
収集したデータから製品ごとの発生原価を見える化する(図-5を参照)。このデータを当初の見積りと比較し、差分が発生した原因を特定することによって、次回の見積り精度を向上することができる。
図-5 原価の見える化
(出所:KOSKA提供資料)
概要図
図-6にGenKanの全体像を示す。
図-6 GenKanの全体像
(出所:KOSKA提供資料)
取り扱うデータの概要とその活用法
GenKanのセンサが送信するデータは基本的に以下の2種類である。
- 仕様書やセンサのID情報
- センサの検知時刻や、作業開始・終了の区間情報(RFIDセンサが指示書を検知してから不検知になるまで)
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
GenKanの開発で重視し、かつ一番難しかったのは、作業者の作業フローを変えずにデータを収集することに尽きる。すなわち、作業者の負担を増やさずに常時データを収集することである。そのためには、データの収集を自動化し、通常の作業を行うだけで自然にデータが蓄積されるようにする必要がある。この点が多品種少量生産の見える化における長年の課題であったが、RFIDを活用することによって解決できた。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
人認識カメラで姿勢推定を行うためのAIを開発した。その際に、小型のエッジデバイスでリアルタイムに姿勢推定ができるようにする点が難しかった。人認識カメラのハードウェアは市販品を使用して価格を低減するとともに、障害検知に独自の工夫を凝らして信頼性を確保している。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
GenKanでは、センサからクラウドへのデータ送信のためにモバイルデータ通信を使用して通信設備の工事を不要としている。地下などの電波が入らない作業場所では、Wi-Fiなどの設置が必要となることが課題である。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
現在は日本国内の製造業がお客様になっているが、将来は海外展開を考えたい。最初は海外に工場を持つ日本企業が対象になるが、日系企業以外でも使えることが重要だと考えている。
GenKanは、導入にあたって作業者への追加教育の必要がないため、海外で使う場合はこの点も強みになる。
将来的に展開を検討したい分野、業種
まずは、より多くの製造業でGenKanを活用していただけるようにしたい。その上で、企業を強くするためのコンサルティングや投資ファンドとの連携を行いたい。収集したデータを活用して生産性改善を行うためにコンサルとは現在も連携しているが、経営面を含めてより広く連携していきたい。
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