IoT導入のきっかけ、背景
産婦人科医は医師の中で最も激務であると言われている。そのため、近年はなり手が減少し、医師不足のため地方では産婦人科を維持できない病院が発生している。こうした地区では、妊婦は定期健診のために、遠方の病院に通院する必要がある。一方で高齢出産の割合が増加しており、出産のハイリスク化が進んでいる。そのため当社は、従来は病院で使用していた据え置き型の胎児監視装置を小型化し、かつクラウドを利用したデータの蓄積・参照を行うクラウド型胎児心拍計・子宮収縮計を開発し、在宅での遠隔健診を可能とする、周産期遠隔医療プラットフォームを開発した。
当社創業者の尾形 優子は、2002年に周産期(*1)電子カルテ事業を営むミトラを起業し、産婦人科医療に関わりを持つようになった。電子カルテの事業は苦労の連続であったが、徐々に医療機関に採用されるようになった。一方で、産婦人科医療の現場と関わりを持つ中で、冒頭の医師不足に加えて、通院時に作成される電子カルテだけでは解決できない課題があることに気づいた。それは、胎児や妊婦を継続的に見守ることである。
日本の妊婦健診は世界に誇れる制度であり、妊婦は14回の健診を受ける。これによって、日本の周産期死亡率は世界最小になっている。しかしながら、このデータはまだ電子化されていない。今後は、周産期医療のさらなる高度化に向けてデータを電子化すると共に、高齢出産などのリスクを抱える妊婦をよりきめ細やかに見守ることによる異変の早期発見や妊婦の不安軽減、へき地や離島に居住する妊婦の通院負担を軽減する必要があると考えている。そこで、妊婦健診のシステムをモバイル化・クラウド対応とすることによって、医師の負担を軽減しながらこの課題を解決できると考えた。
そのため、2015年に自らが立ち上げたミトラを退社して、周産期医療用の遠隔医療プラットフォームMelody iを実現するメロディ・インターナショナルを起業した。
海外においては、周産期における死亡率が依然として高い国がある。その理由の一つが、妊婦健診やCTG検査の不足であると考えている。そのため、当社はMelody iによって、日本におけるへき地・離島医療の向上に貢献すると共に、海外での健診率を高めることによって、世界の妊婦に安心・安全な出産を届けていきたいと考えている。
(*1): 周産期:妊娠期間40週の内、妊娠満22週から生後1週間未満の期間
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL、主な導入企業名
周産期遠隔医療プラットフォーム「Melody i」
URL: https://melody.international/
サービスやビジネスモデルの概要
Melody iは、胎児の心拍計と妊婦の子宮収縮計、制御用のタブレット端末からなる医療機器「分娩監視装置i CTG」を核として、計測結果を蓄積・閲覧し、医師と妊婦さんを繋ぐクラウドサービスからなる遠隔医療プラットフォームである。
「分娩監視装置i CTG」を使用して取得できるCTG(cardiotocography)(*2)データは、医師が胎児の状態を知るための有用な手段であり、香川大学瀬戸内圏研究センター原特任教授らが1970年代に開発に関わり、世界標準となった検査方式である。Melody iでは、このCTG測定に必要なセンサーを小型化し(下の写真参照)、さらに、モバイル・クラウド対応機能を加えることによって、へき地の助産院・在宅など、どこでも健診を行えるようにした。
(*2): 母体腹壁に計測器を装着し、胎児の状態を評価する検査で、胎児心拍数と子宮収縮圧を計測し、胎児心拍数陣痛図(CTG: cardiotocography)を得る。母体の子宮収縮に対して、胎児の心拍数がどのように変化するかなどをモニターすることによって、胎児の状態を総合的に評価する。
クラウド型胎児心拍計(右側のピンクの機器)・子宮収縮計(左側の緑の機器)と制御用のタブレット端末
当社はセンサー、タブレット、クラウドサービスを、病院などの医療機関に販売する。Melody iを使用することによって、以下に示すように、妊婦健診を遠隔から行うことが可能となる。
- 病院から妊婦に分娩監視装置i CTGを貸し出し、在宅で遠隔健診を行う
- へき地では助産院に分娩監視装置i CTGを設置して、妊婦が来院し健診を行うことも可能(診断は、遠隔にある病院の医師が行う)
加えて、Melody iのクラウド機能にて医療機関間でデータを共有することによって、以下の連携が可能となる。
- 地域の病院/診療所/助産院にMelody iを導入し、健診データを遠隔の中核病院と共有することによって、専門医の診断・助言を得る
- 状態が重篤で、高度な設備・スタッフを持つ病院への緊急搬送が必要になった際、分娩監視装置i CTGで取得したデータを利用して、母子の状態を搬送先の病院に伝える
Melody iによる遠隔健診と病院間の連携のイメージ
内容詳細
Melody iを使用した遠隔健診の流れは以下の通りである。
- 妊婦は定期的に分娩監視装置i CTGを使用して、胎児の状態を測定
- 測定が行われると担当医師に通知が届き、検査結果を医師が確認して診断を行う
分娩監視装置i CTGで取得できるデータの表示形式(グラフの形式等)は既存のCTGと同じであるため、医師は従来の方法を使用して診断を行うことができる。
概要図
タイ・南アフリカ・日本での実証テストの様子を以下の写真に示す。これまで取り組んできた実証実験を通して測定精度が向上した。また、2018年5月に、分娩監視装置i CTGが、指定管理医療機器としての認証を取得した。このため、今後医療機関への導入拡大が期待できる。また、JICA(国際協力機構)のプログラムの一環として、Melody iがタイ・チェンマイの公立病院に導入されることになった。
取り扱うデータの概要とその活用法
胎児の心拍と妊婦の子宮収縮の圧力(陣痛)を測定する。測定データは妊婦の手元にあるタブレット端末に表示されると共に、クラウド上に蓄積され、医師がいつでも確認することができる。
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
Melody iでは、医療機器として高い測定精度を実現できるハードウエアの開発が必要であった。一方、当社はハードウエアの開発経験が少なく、開発は非常にチャレンジングであった。そのような状況の中で、CTGの発明者の一人である原特任教授(当社顧問)のご支援もいただきながら、開発に成功した。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
実証実験を繰り返し、測定精度を向上することによって、既存のCTGと同等の測定精度を実現した。当初は医師から、在宅で収集できるデータの精度を疑問視する声もあったが、測定精度を向上しそれを実証することによって、医師の認知・評価が得られるようになった。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
途上国を含む世界中で、広くMelody iを使っていただくために、機器の小型化、コストダウン、さらなる使い勝手の向上を行いたい。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
タイや南アフリカに加えて、他の国での活動をより強化していきたい。
将来的に展開を検討したい分野、業種
病院間の連携、病院と地域医療を担う周産期母子健康センター間の連携にMelody iを活用いただけるように活動していきたい。現在は、産婦人科系の学会に併設される展示会などでMelody iの紹介を行っている。
本記事へのお問い合わせ先
株式会社メロディ・インターナショナル 担当:二ノ宮敬治