掲載日 2021年11月24日

日本瓦斯株式会社

【提供目的】
  • 事業・業務の見える化
  • コスト削減
  • 事業・業務プロセスの改善
  • 収集情報を活用した付加顧客サービス提供
  • 顧客へのサービス対応・サービス品質向上
  • 故障や異常の予兆の検知、予防
  • 故障や異常への迅速な措置
  • 最適経路・プロセスの選択
  • 変動する需給バランスの最適化
  • その他(業界でシェアリングできるシステムの構築)

【活用対象】

  • 自社の部門内で活用
  • 自社の複数部門あるいは全体で活用
  • パートナー企業含めたグループ内で活用
  • 他企業とのアライアンス・コミュニティ内で活用
  • 企業顧客を対象に活用
  • 一般顧客を対象に活用
  • 社会全般を対象に活用

IoT導入のきっかけ、背景

 日本瓦斯株式会社(以下、ニチガス)は、関東一円(関東地方1都6県、山梨県、静岡県)においてLPガス(LPG)、都市ガス、電力の供給を行う総合エネルギー企業である。ニチガスは、60年以上の歴史があり、関東一円におけるLPガス販売お客様シェア1位を有している。

 LPガスは1997年4月から小売りが自由化されており、料金についてもガス会社が自由に設定できる。加えて、LPガスは事業者数が多く、全国に約1万7千事業者、当社が事業を行う関東一円には約4,800社が存在する(2020年12月時点)。そのため、事業者間の競争が激しい業界として知られている。こうした中で、ニチガスは2010年代からLPガスの物流改革による低料金化と高収益の両立に取り組み、お客様数を2011年3月の58.7万件から2021年3月には91.8万件に増やしている。

 2016年に家庭用の電力小売りが自由化され、2017年には都市ガスも家庭用小売りが自由化されたことによって、エネルギー業界の競争は一段と高まっている。その一方で、環境負荷の少ないエネルギーを地域社会に適切な方法で供給することや、CO2(二酸化炭素)排出量の削減に取り組むことなど、業界全体で地域社会に貢献することが求められている。

 ニチガスは、一連の物流改革の仕上げとして、2018年からIoTを活用したガスメーターの遠隔検針デバイスの開発と、このデータを活用した物流の全体最適化を行うためのプラットフォームの構築を進めた。その際に、このプラットフォームは自社の競争優位を強化するためではなく、パートナー企業、さらには競合他社も利用できる形にすることで、業界全体で新たなイノベーションを共創することを目標とした。こうして、従来の競争ではなく、ICTの力で共創を実現するという事業の再定義を進めている。
 

(ディープ・ラーニング)IoT事例の概要

サービス名等、関連URL

サービス名: LPG託送

参考URL: https://www.nichigas.co.jp/corporate/business/
 

サービスやビジネスモデルの概要

 ニチガスは、LPGの物流に関して、ガスメーターのリアルタイム値、ガスの充填を行う各種設備の稼働状態、ガスの配送を行う車輌の位置などの様々なデータをクラウド(サイバー空間)に蓄積し、LPガスの物流に必要な現実世界のモノの状態をサイバー空間上で仮想的に再現するデジタルツイン化システム『ニチガスツイン on DL(ディープ・ラーニング)』を構築した。このデジタルツインやAIを駆使して仮想空間上で物流の全体最適化を行うCPS(サイバーフィジカルシステム)を実現した。

 上記の仕組みをパートナーや競合他社も参加できるオープンなプラットフォームとし、「LPG託送」という概念で、業界横断で新たなイノベーションの共創を目指している。そのために、オープンな技術を採用し、かつニチガスによるデータの囲い込みを一切行えないような仕組みを導入した。

 このLPガス物流のプラットフォームはガスの製造から消費までのデータをサイバー空間上の仮想の導管で再現し、供給・消費のリアルデータを把握するとともに、他社も参加するモデルとなることから、「託送」という呼称を使っている。
 

内容詳細

 従来のLPガスの配送・充填のサイクルは以下の通りである。

  • お客様宅にガスボンベを設置

  • ガスの使用実績からボンベ内のガスの残量を予測し、お客様宅を巡回してガスが少なくなったボンベを交換(配送の実施)
    ※ガス切れのリスクを避けるため、LPガスのボンベは通常お客様宅に2本ずつ設置されており、 そのうちの使用したボンベのみを交換する半数交換を実施している。

  • 回収したボンベを充填工場に運び、ガスの充填を行って別のお客様宅に配送する

  • LPガスの輸入基地から充填工場にガスを輸送し充填を絶え間なく行う

 上記のサイクルを回す際に、一般的な(他社の)物流モデルは図-1に示す通り無駄が多い。具体的には、輸入基地から充填工場までの輸送距離が長いこと、充填工場からお客様宅への配送タイミングの決定が予測(勘)に頼って行われていることなどによって物流コストが上がっている。

nicigas-fig01.png

図-1 一般的なLPガスの物流モデル
(出所:ニチガス提供資料)


 ニチガスは、2010年代から行った物流改革によってこの課題の多くを解決してきたが、お客様宅への配送に関しては課題が残っていた。この課題は、ボンベの残量をリアルタイムに把握できないことに起因していた。ボンベはお客様宅に2本設置している。これまでの配送では、月1回のメーター検針値からガスの使用量を予測しボンベを交換し、一本目がなくなりそうなタイミングで交換していた。2本のボンベがほぼ空になったタイミングで同時に交換ができれば配送回数を半減することができるが、ボンベの残量をリアルタイムに監視できないことから、ガス切れを発生させないために予備側のボンベは常に満タンの状態で消費側だけを交換するというオペレーションになっていた。(図-2を参照)

nicigas-fig02.png

図-2 従来のガスボンベの交換方法
(出所:ニチガス提供資料)
 

 ニチガスの新しい物流システムでは、こうした課題を解決するために、既存のガスメーターにIoTデバイス(スペース蛍)を取り付け、ボンベの残量をIoT用の無線通信網を介して遠隔監視できるようにした。スペース蛍はガスメーターの検針を1時間ごとに行い、1日に1回24時間分のデータをまとめて送信する。(写真-1を参照)

nicigas-photo01.png

写真-1 スペース蛍の外観
(出所:ニチガス提供資料)
 

 図-3にニチガスの物流モデルを示す。ハブ充填基地と呼ぶ大規模施設を輸入基地に隣接した立地に設置し、ガスを最短距離でピストン輸送している。これによって、高価なタンクローリー車の必要台数を抑えている。続いて、ハブ充填基地で充填が終わったボンベを渋滞が少ない夜間にトレーラーに積み込んでデポ(デポステーション)に配送し、デポではトレーラー(荷台)とトラクター(牽引車輌)を切り離し、トレーラーはそのままお客様宅への配送トラックにボンベの積み替えを行うための作業台になる。デポでトレーラーを切り離したトラクターには回収した空のボンベを積んだトレーラーを連結してハブ充填基地に持ち帰る。

 ハブ充填基地での作業は、ボンベ一本一本を遠隔カメラからバーコードで識別することによって、ボンベの積み下ろし以外は無人化されている。

nicigas-fig03.png

図-3 ニチガスの物流モデル
(出所:ニチガス提供資料)
 

 デポからお客様宅へのボンベの配送タイミングは、スペース蛍で収集したガス使用量の実績値を基にして決定する。ボンベ2本を極限まで使用したタイミングで交換ができるためボンベの配送回数が半減できる(図-4を参照)。このように、従来から行ってきた物流の最適化にスペース蛍を使用したリモート検針を組み合わせることによって、一般的な物流モデルに対して配送コストを約半分に削減した。

 ニチガスのLPG物流のプラットフォーム(LPG託送)は、効率化に加えてお客様の利便性向上にも役立てることができる。例えば、お客様宅への配送を行う個配トラックの位置はGPSでトラッキングされており、お客様はニチガスのスマホアプリを使用して個配トラックの現在位置や到着予定時刻を確認することができるシステムを今後実装予定である。

nicigas-fig04.png

図-4 ガス使用量の実績値によるボンベ交換回数の削減
(出所:ニチガス提供資料)

 図3, 図-4で示した物流モデルを実現するために、LPG託送ではスペース蛍で収集したリアルタイムのガス使用量に基づいて、ハブ充填基地でのガスの充填、デポでの積み替え、お客様宅への配送などの全てのオペレーションがデータドリブン(データ駆動)で動いている。(図-5を参照)

 LPG託送でパートナーや他社との共創を実現するための基盤が図-5中央の「データ道の駅」である。データ道の駅では、ガスボンベの配送アプリ、微小なガスの使用からガス漏れを検知する保安アプリなど、業務に必要なアプリを切り出して他社の基幹システムと連携ができる。この連携によって、他のLPガス事業者がLPG託送を使用して配送の効率化などを行うことができる。

 LPG託送を使用することによって、図-6に示す通りLPガス配送のコストとCO2排出量を約半分に削減することができる。この仕組みをシェアリングすることによって、業界全体でCO2排出量の削減を行う共創が可能となる。

nicigas-fig05.png

図-5 LPG託送の全体像
(出所:ニチガス提供資料)

 

nicigas-fig06.png

図-6 LPG託送による充填・配送コストとCO2排出量半減の仕組み
(出所:ニチガス提供資料)
 

概要図

 LPG託送が目指すシェアリングによる共創を行うためには、プラットフォームは徹底的にオープンであるべきと考えた。そのために、事業者ごとに分散したデータベースとデータ道の駅のアプリが連携する技術として、エストニアの電子行政サービスでも使われているオープンソースの「X-ROAD」を採用した。加えて、ブロックチェーン技術を使用した暗号化認証技術と相互監視を行っている。これらの機能によって、各事業者が持つお客様情報などのデータセキュリティを保証しながら配送などの個別サービスのシェアリングを可能とした。

 データ収集基盤「ニチガスストリーム」でもオープンな技術を採用している。ニチガスストリームはソラコム社との協業によって実現しており、スペース蛍はソラコムのIoT通信ネットワークを使用している。スペース蛍で使用する通信規格は、現状SigfoxとLTE-Mになっており、サービスエリアなどによって両者を使い分けている。この際に、SigfoxとLTE-Mでは1回に送信できるデータ量が異なることなどからデバイスからの収集データのフォーマットは無線規格ごとに異なる。そのため、無線規格ごとに異なるデータフォーマットを共通フォーマットに変換して、データ道の駅のアプリは無線規格に依存しないデータ処理ができるようにする必要がある。この共通フォーマットとして、HTMLなどのWeb技術の標準化を行っているW3Cが制定したオープンなIoT標準であるWoT(Web of Things)を採用している。(図-7を参照)

nicigas-fig07.png

図-7 LPG託送で行ったオープン化
(出所:ニチガス提供資料)

 

取り扱うデータの概要とその活用法

 ニチガスストリームに流れる主なデータは以下の通りである。

  • ガスメーターの検針データ
  • 保安情報
  • 車輌のGPS位置情報
  • 画像、映像、など

 

事業化への道のり

苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間

 スペース蛍の開発においては当初複数ベンダーの製品を評価したが、求めるスペックとコスト要件を満たす製品がなかった。そのため、スペース蛍のハードウェアは自社開発に踏み切った。従来こうしたハードウェアを自社で開発することはなかったが、目標を実現するためにチャレンジを行った。

 プラットフォームの開発に際しては、当初からシェアリングエコノミー実現のための業界横断的なインフラとすることを目指したが、プロジェクトを推進するための最初のステップとして、プラットフォーム化の効果が目に見える具体的な突破口が必要であった。スペース蛍のプロジェクトはその突破口にうってつけで、ニチガスストリームのプロトタイプをクラウドサービスのサーバレス(*1)機能などを使って短期間で開発し実証を行った。

(*1)サーバレス:クラウド上で物理サーバーや仮想サーバーを意識せずに構築・運用ができるサービスの実行環境。ニチガスストリームでは、メッセージやイベント処理ごとのマイクロサービスを実現できるFaaS(Function as a Service)を使用している。
 

技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの

 LPG託送では主に以下の技術を活用した。

  • スペース蛍と既存ガスメーター間の通信(メーターの読み取り)
  • ソラコムのIoT向け通信プラットフォーム
  • FaaSなどのクラウドサービス(AWS)

 

今後の展開

現在抱えている課題、将来的に想定する課題

 ニチガスのLPガスのお客様宅(約90万件)にはスペース蛍を既に取り付けておりガスメーターのIoT化が完了している。LPG託送のプラットフォームを使用して、この秋からガスボンベの2本同時交換を全社展開しつつある。さらにこの仕組みを導入する他事業者も増えてきているが、これまで「競争」で戦ってきた他事業者も含めて、「共創」の仕組みを一緒に推進していきたい。
 

強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動

 シェアリングエコノミーの実現を目指して、LPG託送プラットフォームの利用者数を増やしていきたい。そのために、データのセキュリティが担保されていることや囲い込みがないことを引き続き説明していきたい。
 

将来的に展開を検討したい分野、業種

 エネルギー会社とは広く連携してエネルギーの効率利用に貢献していきたい。異業種と連携を既に進めているが、これをさらに広めたい。例えば、自動販売機内の商品残量の監視と配送や買い物代行をこのプラットフォームを通じて行うなどの連携を行いたい。

関連記事

【ここに注目!IOT先進企業訪問記】第56回 エネルギー供給・販売事業のデジタルトランスフォーメーションをめざすニチガスの挑戦

 

本記事へのお問い合わせ先

日本瓦斯株式会社 エネルギー供給部 岩村 健司

e-mail : iwamura13426@nichigas.co.jp