IoT導入のきっかけ、背景
当社は鉄鋼業で培った技術と経験を関連する事業に展開しており、これまで製鉄プラント、環境ソリューション、エネルギーソリューション、海洋鋼構造、建築・鋼構造、パイプラインの6つの事業領域にビジネスを拡大してきた。2013年、更なる業容拡大に向け、これら事業部からの人材で構成する新規事業開拓タスクフォースを発足させ、市場調査やフィージビリティスタディを実施した。
その中で、①水産物消費量の増加を賄うため養殖業の拡大が見込まれる(注1)、②区画漁業権(注2)の取得ハードルを含め湾岸部における養殖業拡大は困難であり、沖合海域での養殖漁場拡大が必要な状況にある、③40年以上に渡り培ってきたプラントエンジニアリングと海洋インフラ整備の経験を活かすことができる、ことから「大規模沖合養殖システム」の開発を2014年より開始した。
本システムの開発により、①従来養殖が難しかった沖合での操業も可能となり、養殖可能海域の拡大(約10倍程度)が見込める、②生簀の大型化により生産拡大が可能になる、③自動給餌により省力化・無人化が可能となる、④沖合域は潮通しが良く低密度で飼育できるため養殖環境の改善が期待できるなどの利点がもたらされる。
本システムは鳥取県境港市、三重県尾鷲市にて、基幹システムとなる「自動給餌システム」「生簀システム」の実証実験を2018年3月に完了した。現在、次の段階を「『知』の集積と活用の場」フェーズと位置付け、これまで把握できなかった養殖に関するデータの蓄積および分析を行い、AIを活用することで給餌量・タイミングを最適化する「最適生産管理システム」の開発・実用化に取り組むところである。なお、本取組に関しては、当社が参画する産学官連携の研究コンソーシアムが提案した「大規模沖合養殖システム実用化研究」が、農林水産省の「『知』の集積と活用の場による研究開発モデル事業」に採択されている。
注1:世界の水産物消費は、人口増加および魚食化の進行により20年間で2倍に増加したが、天然水産資源を対象とする漁船漁業(獲る漁業)は横ばいであるのに対し、養殖業(育てる漁業)が必要な消費量の約半分を賄うまでに成長している。海外では、中国の淡水養殖やノルウェー・チリのサーモン養殖などが大幅に生産量を増やしている。
注2:区画漁業は、養殖業者等の申請に基づき、都道府県知事が漁業法の規定に従って免許し、海面、河川等の一定の区域内において営む養殖業を言う。そして、区画漁業を営む権利のことを区画漁業権という。他の漁業との調整が必要なので、地元の漁業協同組合が漁場の割当てなどの調整を行なっている場合が多い。
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL
大規模沖合養殖システムの生簀システム設置による海洋実証試験の実施について
https://www.eng.nssmc.com/news/2017/20170130.html
【採択】農林水産省「『知』の集積と活用の場による研究開発モデル事業」~大規模沖合養殖システム~
https://www.eng.nssmc.com/news/2018/20180305.html
サービスやビジネスモデルの概要
本システムは、大型浮沈式生簀とモニタリング設備からなる「生簀システム」および、プラットフォーム・自動給餌設備・海底固定配管からなる「自動給餌システム」により構成される。
- 従来の生簀の大きさは10m×10m×10m(1,000m3)程度であるが、これを50m×50m×20m(50,000m3)に大型化。1生簀当たり約50倍の生産規模拡大が可能。
- 従来の養殖漁場は、静穏な海域が対象で、定置網等他種漁場との干渉を避けるため、利用できる海域は限定的であるが、本システムは、耐波浪性能(最大有義波高)7~10m程度、耐潮流性能(速度)2ノット、水深50m程度までの海域への適用を開発目標としており、これによって養殖可能海域の飛躍的拡大(約10倍)が可能となる。
- 更に「『知』の集積と活用の場」では、これまでのハードの開発に加え、ソフト面で給餌の最適化に取り組む計画である。これにより、ベテラン漁師の勘と経験に頼ることなく効率的に魚を成長させることができる。
小型生簀による事前試験の様子
内容詳細
次フェーズとして取り組む「知の集積と活用」では、養殖場の環境条件、生簀内の魚の尾数・成育状況を測定・収集・分析し、AIを活用した給餌量と給餌タイミングの最適化を図り、増肉係数(FCR:Feed Conversion Ratio 魚を1kg生育するために要した餌の重量)の低減に貢献するシステムを開発する予定である。
取り扱うデータの概要とその活用法
生簀内に水中カメラおよび環境測定センサーなどのIoT機器を設置し、各種データを測定する。
- 養殖場の環境条件:海水温・潮流・波高・濁度・溶存酸素濃度・塩分濃度・日照等)
- 生簀内の魚の尾数・魚体重や、魚病発症・食欲といったデータ
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
データ収集については、海での測定となり耐久性・電源・通信などの課題が伴う。また、評価には魚の成育を待たなければならず、年単位の時間を要する。IoT機器開発、およびデータ収集のためのさまざまな生育条件の設定に関しては、関連するパートナー、研究コンソーシアムメンバーの協力を得て進めている。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
- 自動給餌システムの海洋実証実験:弓ヶ浜水産㈱(日本水産グループ)
- 生簀システムの海洋実証試験:尾鷲物産㈱
- 「『知』の集積と活用の場」研究コンソーシアムメンバー:当社、日本水産㈱、弓ヶ浜水産㈱、黒瀬水産㈱、パナソニック㈱、東京大学、公立鳥取環境大学、米子工業高等専門学校、宮崎大学、鳥取県栽培漁業センター、宮崎県工業技術センター、宮崎県水産試験場
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
- 従来の養殖業でも、個々でいろいろな生育条件(給餌量・タイミングなど)を試しているものの、環境条件(海水温、潮流、濁度など)が複雑に変化し、その因果関係が掴みづらく、再現性のある知識化には至っていない。
- 今後、養殖業のプロセス最適化を目指すに当たり、①リアルタイムに海中の環境条件データ、生育データを収集すること、②さまざまな生育条件(給餌量・タイミングなど)での実験を繰り返し最適化が可能なレベルまでデータと知識を蓄積することが必要である。多くの課題があるものの意義のあるチャレンジだと認識している。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
- 現時点では基幹である「生簀システム」「自動給餌システム」の開発に注力してきたが、養殖漁業で重要となる、水揚げ、清掃、死魚回収の改善も並行して行う。
- 将来的には日本同様、適切な養殖業の海域が飽和状態となる諸外国に対しても、当システムを輸出することにより、全世界の水産業の改善に貢献していきたい。
将来的に展開を検討したい分野、業種
当面は研究コンソーシアムにて開発に注力する。
本記事へのお問い合わせ先
日鉄エンジニアリング株式会社 松原 淳一