IoT導入のきっかけ、背景
本トライアルの舞台となった熊本県は、農業が盛んでトマトとスイカの生産量が日本一である。野菜などをハウスで栽培する農業を施設園芸と呼ぶが、熊本県のトマト栽培用ハウスの面積も日本一である。
施設園芸はハウス内の環境管理などによって、品質と付加価値が高い作物を栽培できるが、生産農家の経営安定のためには、収量と品質をさらに向上することが喫急の課題である。
収量と品質の向上を実現するために、ICTを活用したスマート農業に多くの期待が寄せられている。特に施設園芸は、露地栽培ではできない環境制御が可能なことからスマート農業に適している。その一方で、ハウス本体への投資に加えて、ICTコストの負担が必要なため本格的な導入に踏み切れないことが多かった。
そこで、地域でICTインフラを共有し、低コストで利用できる無線ネットワークと遠隔モニタリングによる「広域モニタリングシステムの確立」、熊本県の気象に対応した高度環境制御下での「最適栽培技術の確立」を目的とした研究とトライアルを平成28年度(2016年度)より実施している。この取り組みはNTT西日本だけではく、地域の農業に関わる専門機関にも参加していただき、地域ぐるみで実施している点が特徴である。
IoT事例の概要
サービス名等、関連URL、主な導入企業名
名称:広域無線ネットワークと遠隔モニタリングにより低コストで安定した産地経営を支援する「スマート農業」トライアル
URL:http://www.hikarikumamoto.jp/service17.html
サービスやビジネスモデルの概要
本トライアルは、当社が熊本県および熊本市との包括連携協定に基づき推進している、「スマート光タウン熊本」の一環として実施している。冒頭にも示した通り、この取り組みでは以下の目標を掲げて活動を行っている。
- 低コストで利用できる広域無線ネットワークと遠隔のモニタリングによる「広域モニタリング技術の確立」(ICT導入コストを50%以上削減)
- 熊本県の気象に対応した高度環境制御下でのトマト栽培技術やノウハウの集積とビッグデータ解析による「最適栽培技術の確立」(収量・所得の10%増)
内容詳細
トライアルの体制や取り組みを以下に示す。
(1) 地域ぐるみの推進体制
本トライアルには、熊本県長洲町でトマトの施設園芸を営む5農家に参加してもらった。この5農家とICT技術を提供する当社に加えて、JAたまな、農業研究センター、自治体が参加している。(図-1を参照)
図-1 実証実験の推進体制
(2) LPWAの活用
図-2に示すように、ハウスとクラウド間をつなぐ広域無線システムに、LPWA(Low Power Wide Area)を採用した。低消費電力で伝送距離が長いLPWAは、IoT向けの無線通信として近年一般的になってきたが、トライアルを始めた平成28年当時は新しい試みであった。そのためトライアルを通じてLPWAの技術検証を行った。
広域無線システムは、農業以外のさまざまな分野のIoTでも活用できるようにしてICTコストの低減を図っている。
図-2 システムの全体構成
(3) 遠隔モニタリングや制御による生産性と品質の向上
植物は水と二酸化炭素(CO2)を光エネルギーによって炭水化物に変える光合成を行う。そのため、光合成の原料であるCO2の濃度が作物の品質(糖度など)を左右する。密閉された空間であるハウス内では、日射量が上がり光合成が進むとCO2濃度が下がり、光合成速度が低下してしまう。そこで、CO2センサーと日射センサーのデータを元にCO2発生器を制御し、ハウス内のCO2濃度を一定レベルに維持できるようにした。
従来は、CO2濃度を監視していなかったことから、日射量が特に多い日はCO2発生器を動かしても、CO2濃度が不足している状態になることがあり、生育環境は充分でなかった。装置の自動運転を行うことによって、ハウス内のCO2濃度が一定となったため、生産性も向上することができた。
また、潅水に関しては、従来、潅水を始めると、農家は潅水量を見ながら停止の判断を行うためにその場を離れることができなかった。日射センサーや土壌水分センサーのモニター値を元に潅水量の自動調整を実現したことによって、他の作業を並行して行うことが可能となり生産性が向上した。
モニタリングシステムの構成を図-3に示す。各種センサーは、環境制御装置(写真-4を参照)を介してクラウドにデータを送信する。加えて、クラウドから環境制御装置を介して窓の開閉や潅水栓の制御が可能である。制御の閾値やアルゴリズムは、JAたまな・農研センターの知見を基にコンソーシアムメンバにて開発した。
図-3 モニタリングシステムの構成
写真-4 環境制御装置・各種センサー等の外観
取り組みの成果
(1) ハウス環境の見える化
モニタリングによって、図-5に示すように、ハウス内の環境を見える化した。見える化によって、農家はハウス内の環境をより細かく管理し、作物の品質を上げることができる。例えば、ハウス内の湿度が上がりすぎるとトマトにひび割れが発生し商品価値が下がってしまうが、温度や湿度を最適な環境にするために、加温を行いながら側窓より除湿する等の手法を取り入れることにより、ひび割れを防止できるようになった。
JAはハウス毎のデータの違いなどを見ることによって、より適切な営農指導ができるようになった。
このように、見える化によって品質の向上に寄与することができた。
図-5 ハウス内のモニタリング表示の例
(2) 作業の効率化と経費の節減
前項でも述べた通り、環境制御によってCO2生成や潅水を自動化した。これによって作業効率を改善した。
効率的な制御によって加温などに使用する燃料代の削減ができた。加えて、環境管理による病虫害の予防によって農薬の量を減らすことができた。これらによって経費の削減を実現した。
(3) 収入の向上
品質向上、効率化と経費削減により、収量増の効果とあわせて農家あたり約25%の農業所得増の効果を得ることができた。この収入増加の一部をICT投資に充てることが可能となり、費用対効果からスマート農業の導入ができないという課題に対して、一定の成果が得られたと考えている。
取り扱うデータの概要とその活用法
収集しているデータは以下の通りである。
- 気温・風向・風速(ハウス外)
- 雨量、日射量(ハウス外)
- 温度、湿度、CO2濃度(ハウス内)
- 土壌水分(ハウス内)
データを元にした制御対象は以下の通りである。
- CO2発生器、加湿器
- 窓、カーテン、循環扇
- 潅水器
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
- スマート農業は異分野への挑戦であった。そのため、農業の知見を有するJAや農業研究センターに声掛けを行い、コンソーシアムを立ち上げた。
- LPWAはトライアル開始当時、運用指標がまだ整備されていなかった。そのため、通信品質を評価し改善を行うための指標を、一から検討する必要があった。3年間のトライアルによって、実績と運用ノウハウが得られた。
- 環境制御ロジックの開発に関して、有識者の指導や農家の意見を反映し、それぞれの農家に最適な形に落とし込むのに苦労した。
- トライアルを行う中で現場の課題が見えてきたこともあった。例えば湿度過多によるトマトのひび割れは、トライアルの中で農家の切実な課題であることが分かり対応を加速した。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
- クラウドで実現するデータ可視化などのサービスも当社で開発した。
- データの比較、ある期間を特定したデータの特徴を捉えるための機能開発などを、利用者の意見を取り入れながら開発した。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
- 環境制御に関するシステム開発は一通りの目途が立った。
- 今後は土壌分析と土壌改善への取り組みを検討している。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
- 農家の導入負担を抑えるために、融資を行う金融機関との連携が必要と考えている。
- 農業法人はICT導入の投資を比較的行いやすいが、個人で経営を行う農家も導入ができる環境が必要である。
本記事へのお問い合わせ先
西日本電信電話株式会社熊本支店 スマート光タウン推進室
e-mail : smthts-kumamoto@west.ntt.co.jp