IoT導入のきっかけ、背景
オリィ研究所は、孤独をどのように解消するかを研究し、社会実装することをミッションとしている。このミッションは、当研究所代表取締役 吉藤健太朗の実体験に基づいている。吉藤は小学校から中学校にかけて3年半不登校を経験し、その間、自身の居場所がなくかつ社会から必要とされていないと感じ、深い孤独感に苛まれた。このように、人は社会との関係を保てなくなると孤独を感じる。
今の社会には、意思や能力がありながら、病気や身体障害などから来る移動の制約よって職場や学校に通えない方が数多くおり、その多くが社会参加の阻害による孤独を抱えている。また、一人暮らしの高齢者の数は、2040年には900万人に達すると言われており、これらの方々の孤独の解消は社会課題となる。さらに、働き方改革の推進に伴い、在宅勤務やサテライトオフィスなどのテレワークが注目されているが、自宅から単独で業務を行う場合、オフィスで今おきていることが分からないことから、自身が孤立しているような孤独を感じることが多い。
そこでオリィ研究所では、OriHime(オリヒメ)と呼ぶロボットを自分の分身として職場や学校に置くことによって、利用者がその場にいる感覚を得て孤独感を解消できると考えた。OriHimeによって、体を全く動かすことができず自宅や病院から外出することが困難な重度の身体障害や難病を持つ方が社会参加を実現し、孤独を解消することが可能となる。
IoT事例の概要
サービス名、関連URL
オリィ研究所は、人々の社会参加を妨げている課題を克服するためのツールとして、以下のプロダクトを提供している。
- 遠隔操作でありながら、「その場にいる」感覚を共有できる分身ロボット『OriHime』
- 難病や身体障害があっても、目の動きだけで意思伝達を行える『OriHime eye』
- テレワークにおける身体的社会参加を可能にする分身ロボット『OriHime-D』
関連URL:https://orylab.com/product/
導入事例の概要
(1) OriHimeの概要
OriHimeは、利用者との会話を通じた癒しの提供を目的としたロボットではない。OriHimeは、利用者がタブレット端末やスマートフォンから遠隔操作を行うことができる身長21.5cmの小さなロボットで、会社や学校などに分身として設置する(写真-1, 2を参照)。利用者自らが分身であるロボットを操りその場の活動に参加することこそが、孤独を解消するという私たちのミッションを実現するための本質的な手段なのである。
写真-1 OriHimeの外観
写真-2 OriHime操作端末
OriHimeの特徴を以下に示す。
- 写真-2に示すOriHimeの操作端末を使い、OriHimeのカメラやマイクを通して、OriHimeを設置したオフィスや教室の状況を常に把握できる。
- 職場や教室から呼びかけがあった場合、OriHimeの腕を振るなどのジェスチャーで答えることができる(はい、うんうん、いいえ、などのジェスチャーがあらかじめ登録されている)。これらによって、職場や教室の仲間も利用者がその場にいるような感覚を得ることができる。
- OriHimeのマイクを通じて、同僚とチャットや電話を使うことなくいつでもコミュニケーション可能となり、気軽に作業を依頼するなど、自然な双方向コミュニケーションを可能とする。
(2) OriHime eyeによる文字入力の支援
重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす脳内の神経性疾患であるALS(筋萎縮性側索硬化症)と呼ばれる難病と闘っている方が数多く存在する。ALSが進行すると呼吸器が必要となり発語ができなくなる。また、筋力の低下が進むと、体の中で自由に動かせるのが眼球のみになってしまう。このような状況でも意思疎通ができるよう、眼球の移動をカメラでセンシングすることによって文字入力を行うOriHime eyeを提供している(写真-3を参照)。
写真-3 OriHime eye (動画:https://www.youtube.com/watch?v=OhtOupHBAjQ&t=93s)
(3) OriHime-Dの誕生
OriHimeおよびOriHime eyeによって、ALSや重度の身体障害を持つ方が社会に参加できるようになったが、OriHimeを用いた就労はオフィスワークが主体となる。しかしながら、オフィスワークに雇用形態が限られてしまうと、企業側では対象者や職場を決めかねることが多い。即ち、難病や障害にもかかわらず社会参加に必要な意思と能力を持つ方でも、雇用する側が提供できる雇用形態とのマッチングによって社会参加が実現しないことが多いのである。
そのため、OriHimeを使用した社会参加の形態をオフィスワーク以外に増やす必要があった。その一つが、より多くの人が参加できる身体を使った労働である。そこで、ロボットの腕を使った作業ができる身長120cmのOriHime-Dを日本財団・ANA AVATARの協力を得て開発した。OriHime-Dは前進後退・旋回の移動能力があり、上半身に内蔵した14個の関節用モータを使用して、簡単なものをつかんで運ぶことが可能である(写真-4を参照)。
このOriHime-Dを用い、ALSや頸髄損傷などで移動が困難な方々が遠隔操作で飲み物を提供する、分身ロボットカフェの実証を2018年11月と12月に行い大きな反響を得た。
写真-4 分身ロボットカフェで働くOriHime-D
内容詳細
OriHimeの具体的な導入事例を以下に示す 。詳細は以下のリンクを参照されたい。
導入事例URL:http://orihime.orylab.com/result/
(1) 一般社団法人 日本ALS協会
日本ALS協会では、全国の患者やその家族が集う総会の際にOriHimeが利用されている。 2015年5月の総会では、病状などで実際に総会に参加できない全国各地の患者4名がOriHimeで遠隔参加し、久しぶりに友人知人と話し、総会で意見を述べた。
(2) 成育医療研究センター内東京都立光明特別支援学校 そよ風分教室
そよ風分教室では、入院生徒がベッドサイドから分教室の授業に出席するためにOriHimeを利用している。 顔を出さなくてよいため投薬治療中の生徒も気軽に利用でき、通常の授業はもちろん、生徒主体の発表会である「そよ風ライブ」での発表や、移動水族館の見学イベントにOriHimeで参加したりなど、幅広く活用している。
(3) NTTクラルティ株式会社
NTTクラルティでは、障害により通勤が困難な社員の会議参加や、社内メンバーとのコミュニケーション補助にOriHimeを利用している。会議の際にロボットの動きがあることで、その人がその場にいるような存在感があると好評である。
また、社内福利厚生施設の受付としてOriHimeで在宅勤務の社員が対応するなどの遠隔受付のトライアル利用や、聴覚障害者の方向けに遠隔手話通訳のトライアル利用なども行っている。
(4) NTT東日本(東日本電信電話株式会社)
NTT東日本では、働き方改革を推進するためのテレワークツールとしてOriHimeを導入している。OriHimeを導入した事業所では、テレワーカーはOriHimeを会議室に連れて行ってもらい会議に参加する。会議中は、OriHimeの操作による視点の移動やジェスチャーによって、あたかも本人が会議に参加しているかのような感覚が、本人に加えて会議室の参加者にも得られるようになった。従来のビデオ会議による会議参加に比べて参加意識が高まったのである。このようにして、テレワークによる疎外感を解消することを実現している。
取り扱うデータの概要とその活用法
- OriHimeのカメラ・マイクの画像、音声データ(OriHime→ 操作端末)
- OriHime操作者の音声(操作端末→ OriHime)
- OriHimeへのコマンド(ジェスチャーなど)(操作端末→ OriHime)
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
- 当研究所の吉藤は、高校生時代から孤独を解消するためのロボットの研究を進め、大学時代にOriHimeの原型を開発した。
- 当初は福祉用途に使用することに重点を置き、OriHimeの初期ユーザーとなるALS患者や交通事故によって肢体が麻痺してしまった方などとの出会いを得て、彼・彼女らのニーズを丹念に吸い上げ製品の改良を重ねた。例えば、ALS患者の方の元に丹念に通い、その方の目の動きをどのようセンシングするかの実験と改良を積み重ねた。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
- ものづくりに関しては、吉藤が高校生時代から取り組んでおり、私たちが得意とする分野である。プログラム開発だけでなく、金型を使用しないプラスチックの形成なども内部で行っている。
- 量産に関しては、浜野製作所(自ら金属加工業を営む傍らで、モノづくりベンチャー支援施設「「ガレージスミダ」を運営)の支援を得ている。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
- OriHimeを使った社会参加をさらに広げたい。
- ロボットを作るまでは早かったが、社会に広まるのには思いの外時間を要している。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
- 医療関係者へのアプローチなどを地道に進めることに加えて、OriHime-Dを使って行った分身ロボットカフェのようなプロモーションにつながる取り組みも行いたい。
将来的に展開を(他企業との連携を含め)検討したい分野、業種
- キャリアとの協業をさらに進めたい。
- ロボットとの通信に5Gモバイルを活用することに興味がある。