IoT導入のきっかけ、背景
当社は2005年よりM2M(マシン間通信)機器の開発、販売を手掛けてきたが、2011年総務省広域連携事業「ICTを利活用した食の安心・安全構築事業」に参画した際に、日本農業の課題とICT機器開発ノウハウを活かした農業システム開発の可能性に気づき、農業分野に進出した。
日本の農業就業人口は過去10年間で約100万人(30%)減少している状況にあり、この「担い手不足」をきっかけとして、遊休農地の拡大、栽培技術の承継困難と言った課題を抱えている。このことから欧米型の農業システムをはじめ、「データによる農業」への脱皮が期待されているが、コストメリットの発揮に必要とされる耕地面積の大規模化や栽培条件の均質化といった要件を満たすケースが限られることや、日本特有の地域毎の多様性や品質への要件に対応することにより、それがなかなか進展しない状況にある。そこで当社では、日本、さらには各地域の特性や品質要件にフィットした農業支援システムが必要と考えた。
当社では、一般的なパイプハウス(注1)向けに、経験と勘を最も必要とする「潅水」と「施肥」に焦点を当て、センサ情報を元に独自の栽培アルゴリズムによって潅水・施肥を自動制御する、養液土耕(注2)を利用したAI潅水施肥システム「ゼロアグリ」を開発した。
2013年8月の販売開始後、2018年6月時点で海外含め100拠点で稼働しており、規模拡大(遊休耕地の利用等)、収益拡大(作物の等級向上)、データ化による技術の伝承(家族経営や地域の課題解決)などに大きな成果を挙げており、2018年2月に日本ベンチャー大賞「農業ベンチャー賞(農林水産大臣賞)」を受賞した。
注1:完全人工光植物工場を含む、温度、湿度、日射、CO2、風向、風量などを自動制御する環境制御装置を備えた温室を除く一般的なパイプハウス。国内の温室設置面積の98%以上を占める。
注2:点滴チューブの穴より水と肥料を合わせた培養液(液肥)を垂らす方法で、浸透度合いなどの土の特性に合わせ、土中の水分と養分を均一に制御でき、水と肥料の利用効率が高まる方法。以下の写真を参照)。
IoT事例の概要
サービス名、関連URL
サービスやビジネスモデルの概要
潅水・施肥作業を、養液土耕システムにより自動化する。ゼロアグリは養液土耕システム本体、日射センサ、土壌センサの各種センサ、ゼロアグリクラウドにより構成する。大まかなステップは以下の通り。
- 日射センサと土壌センサにより、日射量、土壌水分量、土壌EC(注3)、地温を計測、取得した値を元に独自のアルゴリズムにより最適な液肥の量や濃度を自動算出し、自動的に供給する。
- 各種センサにより収集した情報や、実際の液肥供給量をスマホなどから遠隔で確認する。
液肥供給状況と作物の生育経過から、生産者の経験に基づき、必要に応じて供給量や濃度を変更する補正を行う。 - 補正したデータは生産者の経験と勘に基づくデータとしてクラウドに蓄積される。
本システムにより、バラツキの少ない、生産者の目指す品質の作物の栽培が可能となる。また、生産者は当該耕地の日常的な潅水・施肥作業から解放され、耕地の更なる拡大を図ることができる。
内容詳細
- 主にパイプハウスにおける果菜類(いちご、トマト、きゅうり、なす等)の栽培に幅広く利用されている。現在ベトナム、タイ、中国を含め国内外の100拠点にて稼働中。
- 主に家族経営の施設園芸や農業生産法人において以下の成果が報告されている。
概要図
ゼロアグリの大きな特長は以下の通り。
- 点滴潅水方式(少量多頻度な潅水)の採用:生育に重要な酸素を逃がさず、根域のみに効果的に水と肥料を供給できる。一般的には少ない頻度で多量の潅水が行われ、土中の酸素が追い出され、吸収できない水と肥料が溶脱する。
- 作物や土の特性に合わせた栽培が可能:特に果菜類の栽培については、コスト対効果が非常に高い。また、地域や土の特性、目的とする作物とその要件に柔軟に対応できる。
- 低コストで導入・運営が可能:環境制御を伴う温室栽培と比較し安価で導入のハードルが低く、運用に際して労働力の増加を伴わない。家族経営の施設園芸などに適している。
取り扱うデータの概要とその活用法
- 土壌センサ(地温、土壌水分量、土壌EC値)、日射センサ(日射量)
- 液肥供給状況、残量など
事業化への道のり
苦労した点、解決したハードル、導入にかかった期間
- 点滴潅水ではノウハウの蓄積に時間と経験が必要で、さらに生育期間を経ないと実証ができないため(実証のワンサイクルにおよそ1年を要する)、栽培アルゴリズムの確立に3年程度要した。
- 農家の方に理解頂くまでに時間を要した。県や地域のコミュニティ特有の事情を把握しながら、現地で直接コミュニケーションを図った。実際の栽培圃場を直接見せることや、総務省等公的機関の取組で実証実績があること、表彰を受けたことが大きな助けとなった。
- 当社は2008年より異分野と言える農業分野に進出したが、昔と違い、クラウド基盤や通信の低コスト化が進み、システム構築・運用が容易となった。また、農業従事者にも浸透したスマートフォン普及も追い風となった。
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
- 栽培アルゴリズムの開発、実証には明治大学農学部の協力を得た。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題
- 当社は創業当初よりM2M機器の開発を行ってきたが、工業界と比較すると農業界は保守的な面もあり、スマート農業機器の普及スピードが遅いように感じる。まずは生産者に使うことによるメリットを体感いただいた上で、口コミ的な広がりを今後期待したい。
- 海外(アジア)にも展開しているが、アジアの農業は、運営形態(家族経営が多くまとまった耕地が少ない)、気候(モンスーン気候)において日本と類似点がある。一方で水資源確保が難しいことから節水への要件が厳しい。このことから、点滴潅水を採用するゼロアグリの展開の可能性が大きいと考えている。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
- アジア諸国への展開
- ゼロアグリの特長である、安定した品質の作物を収穫することは、生産側(農家)だけでなく提供先にも重要な要素であることから、出口(提供先)へのアプローチを強化したい。
- ゼロアグリユーザが交流でき、ユーザや当社が更なる改善に取り組めるコミュニティづくりを今後進めて行きたい。
将来的に展開を検討したい分野、業種
- 収集したデータを活用できる分野として、肥料メーカー、種苗会社などとの連携を推進したい。