住友商事株式会社
- ローカル5Gを活用した社会課題解決の取り組み
- ローカル5Gを活用した実証実験等の取り組み
【関連する技術、仕組み、概念】
- AI
- DX
- 5G
【利活用分野】
- 運輸・交通
【利活用の主な目的・効果】
- 生産性向上、業務改善
- サービス・業務等の品質向上・高付加価値化、顧客サービス向上
- 事業の全体最適化
課題(注目した社会課題や事業課題、顧客課題等)
少子高齢化や経済のマイナス成長下にある日本では、維持管理にかかる固定費を下げていくことは必然の流れで、どの企業にも同じような課題がある。特に鉄道業界では労働人口・熟練者技術者の減少、インフラの老朽化に加え、気候変動による災害リスクの増大などの課題を抱えている。また、コロナ禍の影響による旅客輸送量の減少は、現在も完全には回復していない。
このような状況の中で安全性を維持・向上させていくことが求められており、そのために先端テクノロジーの活用が期待されている。5G基地局のシェアリングやローカル5Gの基幹システムを手掛ける住友商事株式会社(以下「当社」)は鉄道業界が抱える社会課題解決には、事業者間の協働・共用による新たな事業モデルが必要と考える。収益に関する取り組みは各社が個別に行い、固定費を下げる取り組みは協働で行う。そうしたやり方が鉄道業界ひいては日本のスタンダードになるような未来を創っていきたい。
実証実験実施の経緯(課題解決の鍵となる技術・アイディアの発想やビジネスパートナーとの出会い等活用に至った経緯)
鉄道事業者では定期的に担当者が線路や沿線設備を巡視し、目視などによる点検業務を行っている。巡視業務は、線路に関わるあらゆるものが対象となる。レール自体の異常はもちろんのこと、例えば、周辺の樹木が成長して線路敷地内にかかっていないか、レールを支えているバラストと呼ばれる砂利が崩れていないかなど、確認する項目は非常に多岐にわたる。また、その異常の判断には、高度なスキルと経験値が求められる。この巡視は、決められた期間に定期的に行っており効率がいいとは言えない。
そこで当社と東急電鉄株式会社は、これを線路の状態を恒常的に監視できるメンテナンス手法に変えて効率化しようと考えた。日々運行する営業車両にカメラやセンサーを取り付けて画像などのデータを集め、AIで差分の解析をした上で、故障や不具合などの状態を予知してメンテナンスに臨めば無駄が省ける。一斉に点検して一斉に交換するメンテナンス手法よりも、悪いものだけ修繕したり、取り換えるようにできれば、労働力的にもコスト的にも平準化が出来る。
また、線路敷地内の更なる安全性向上にも取り組む。駅での人身事故はホームドアの設置で減少しているが、地下や高架化されていない線路などでは、踏切から容易に人が侵入できる。踏切障害物検知装置を備えているものの、運転士は前方を注視しなければならず、緊張・心理的負担が大きい。さらに、運転士と司令所との連絡も音声のみとなっており、問題が生じた後の運転再開にも時間を要している。そこでカメラにより沿線を網羅的に監視、映像をAIで解析し、人が線路敷地内に立ち入った場合に司令所と運転士にアラートを発することで、事故の未然防止や運転再開時間短縮の実現、人員の緊張・心理的負担の軽減につなげる。
列車に取り付けたカメラや駅や沿線に設置したカメラからの映像伝送に用いる通信システムには高速伝送性だけでなく、安定した品質で通信を実現することやネットワークへの不正侵入などに対する高いセキュリティ性などが求められる。これらを実現できる無線システムとしてローカル5Gに注目し、これを活用する各種スマート化ソリューションを開発・実証することとした。
当社と東急電鉄は、「事業者間の競争から共創へと鉄道事業を変革する」ビジョンを掲げ、2021年度に共同で開発実証をスタートした。その後、2022年度には東急電鉄と相互乗り入れを実施している横浜高速鉄道が実証に参画。2023年度は更に活動の輪が広がり、これらの2社に加え九州旅客鉄道、名古屋市交通局、西日本鉄道、伊豆急行鉄道が実証に参画し、複数の鉄道事業者共同で課題解決につながるローカル5Gソリューションの開発を進めている。
勿論、ソリューション開発・提供・実装や技術実証のためにSCSK、Insight Edge、沖電気工業、富士通、京セラコミュニケーションシステムなどのICTベンダーにも協力してもらっている。また、様々な視点での意見を集めるために、鉄道事業者だけでなく首都高速道路などにも協力を仰いでいる。
なお、2021年度の開発実証は総務省の「令和3年度課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」に、2022年度の開発実証は「令和4年度課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」にそれぞれ応募し、採択されて実施したものである。
実証事例の概要
実証テーマ
実証テーマ名:2021年度「ローカル5Gを活用した鉄道駅における線路巡視業務・運転支援業務の高度化」
関連URL:https://www.soumu.go.jp/main_content/000776986.pdf
実証テーマ名:2022年度「複数鉄道駅および沿線におけるローカル5Gを活用した鉄道事業者共有型
ソリューションの実現」
関連URL:https://www.sumitomocorp.com/ja/jp/news/release/2022/group/15990
実証の内容
2021年度は、駅構内にローカル5G環境を構築し、①列車に搭載したモニタリングカメラとAIを活用した線路巡視業務の高度化、②駅に設置した高精細カメラとAIを活用した車両ドア閉扉判断の高度化の実証を実施した。①は列車に搭載したカメラ映像をAIで解析することにより、現在目視で行っている線路巡視業務を効率化しようとするものである。列車の走行時にモニタリングカメラで点検に必要な映像を収集し、その録画映像を列車の駅入構時にローカル5G環境を通じてダウンロードして表示することは問題なく実現できた。しかしながら、実用化にあたってはカメラ映像の季節や日照条件の違いを克服しAI解析の精度を上げること、検査対象物の拡充が必要であることがわかった。②は駅係員による車両ドア開扉判断・合図をAIによる開扉判断に置き換えようというものである。駆け込み乗車や乗りそうで乗らない等の旅客の様々な行動に対しAIは正確に閉扉判定を行えることを確認できたが、他駅への展開、運用方法の確立などを継続して検討することとなった。(図1参照)
図1:2021年度に実証したAI解析による線路巡視業務の高度化と車両ドア開扉の高度化の概要
(出所:住友商事提供資料)
2022年度は①列車に搭載したモニタリングカメラの映像をAIで解析することによる沿線設備異常の自動検知(2021年度からの継続)、②線路沿線に設置したカメラの映像をAIで解析することによる線路敷地内監視、の2つの実証を行なった(図2参照)。①については現場保守員からのヒアリング結果を基に、数ある線路関係設備の中から優先順位付けを行い、かつ、リアルタイムの異常検知が必要な次の設備を選定し実証を行なった。
(1) 軌道内の道床砕石の白色化(まくら木の沈み込みの影響で生じる。列車の揺れが生じ乗り心地に大きく影響)
(2) 標識・灯器類の見通し(信号機などの運転標識が樹木や飛来物などによって見えなくなることを防止)
(3) 沿線の法面や擁壁の状態(降雨による線路脇の土構造物の崩落などの状態監視)
(4) 架線と沿線樹木などの接近状態(高圧電流が流れている架線と樹木などの接触による感電や火災などの災害の防止)
(5) トンネル構造物の状態(トンネル構造物の剥落リスクやその原因となる漏水滴下の検出)
実証の結果2021年度に課題となっていた季節影響については、光に起因するコントラストを変えた画像データを用意することで克服することに成功し、ソリューションの中には実用化が見えてきたものもある。AIのモデル改善による更なる検知率向上、事業者ごとに異なる環境に対応可能な汎用的なAIモデルの構築など、2023年度も引き続き実用化に向けた取り組みを実施している。
一方、②については、日中では検知可能距離が150~170mほどで実用化には十分であるが、夜間ではこれが約50mに低下する。この解決策や司令所の運行監視システムや鉄道保安装置との連動など、実用化に向けて解決が必要な課題について現在検討中である。また、鉄道事業者からは、線路外の不審な行動者の検知等の要望も出ており、引き続き実用化に向けた取り組みを実施する。
図2:2022年度に実証した車載モニタリングカメラソリューションと沿線カメラソリューションの概要
(出所:住友商事提供資料)
取り扱うデータの概要とその活用法
・ 車載カメラからの映像データ:映像データをAI解析用の画像データに変換し設備の異常を自動検知
・ 沿線カメラからの映像データ:映像データをAI解析用の画像データに変換し踏切の渡り残りや線路内侵入を
自動検知
・ 振動データ:列車の揺れを加速度センサーで検知
・ 音データ:列車走行時の異常音をマイクで集音
事例の特徴・工夫点
ローカル5Gによる実証で実現をめざしている価値
AI解析の導入によって、巡視業務の業務効率化、安全性の向上を目指している。これまで作業員が毎日現地に出向き数日かけて路線全体を目視で確認していた巡視業務を、AIが解析した異常該当箇所のみを現地確認し、1日数十分で行える仕組みの構築を目指し、業務の効率化・高度化を図る。更に、1日複数回の走行による検査の高頻度化により、工数削減と同時に更なる安全性向上にも寄与できると考えている。
実証の際に苦労した点、解決したハードル、解決に要した期間
鉄道の駅のように横長な狭小エリアに対して、今回のアプリケーション要件を実現するエリア設計がチャレンジングな領域であった。2021年度の実証では他社の土地への電波漏洩、近接設置したセル間干渉により通信速度低下の問題を抱えたが、2022年度にはアンテナビーム狭小化、DAS化、電波吸収体等の施策を講じたことにより、電波漏洩最小化と通信品質確保の両立を実現した。また、AIのモデル開発には大量の異常を示す学習データが必要となる一方で、安心安全なインフラ領域において異常データが多く存在せず、AIの精度向上に苦労しているが、2022年度より異常データの事業者間共有の仕組みを作ることで解決策の一因としている。これらは「実証は予定した手順を実施できれば完了ではなく、その先のユーザ課題を解決できてこそ目的達成である」とプロジェクト参加者に繰り返し伝え、徹底したことで、実証の結果をさらに改善して使えるようにすることができたと考える。「ユーザーファースト」という顧客志向の発想で推進することの重要性を認識している。
重要成功要因
課題解決のためにイシューツリー注を活用した(作成したイシューツリーの一例は図3のとおり)。現場と議論した内容をイシューツリーで可視化することで、整理できていないところが明確になり議論が深まるなど、課題の明確化とその解決策の検討に有効であった。また、必要な場合はコンセプトを図にして示すことで、理解を促進し議論の活性化を図った。このようなやり方を採用することで、実用化への歩みをより確かなものにすることができたと考えている。
注:イシュー(解決すべき問題)の全体像を可視化するために、イシューをツリー状に整理したもの。問題解決方法を検討するとき、ある仮説が正しいかどうかを分析・検証したいときに使うフレームワーク。「どうすれば〜できるか?」など、問いを用いて表現することで、考えるべき要素を明確化し、共有しやすくすることができる。
図3:課題解決の検討のために作成したイシューツリーの例
(出所:住友商事提供資料)
技術開発を必要とした事項または利活用・参考としたもの
ローカル5Gでは、他社の土地への電波漏洩を極力抑制することが求められる。鉄道事業においては、線路沿いの幅が狭い土地を効果的にカバーする手法を開発することが必要となる。このためにビームを絞るだけでなく、不要輻射を減らすため、電波吸収体を無線局の側面に設置するという工夫を行った。また、季節や天候による光の違いをAIの学習データに織り込むため、光に起因するコントラストを変えた画像データを用意した。これによってAIの異常検知率が大幅に向上した。現在、この検知率をさらに向上させ当初の目標を達成するために、異常データが少ない場合は生成AIでこれを生成するなどの対応策を検討中である。
今後の展開
現在抱えている課題、将来的に想定する課題、挑戦
AI解析の異常検知率の精度は、2021年度の約50%から2022年度は約83%まで向上しているが、今年度は、1日数往復する営業運転下での更なるAI解析の精度向上(1回の走行で約90%以上の異常検知率、且つ1日複数回の走行で100%の異常検知率)を図り、2024年度以降の東横線内での実装を目指す。AIの検知精度は学習データが少ないと上がらない。このため、生成AIの活用に加え他の鉄道事業者と学習データを共有するなど、AIを徐々に賢くする精度向上サイクルの仕組み導入について検討中である。
技術革新や環境整備への期待
ローカル5Gは現状ではコストがかかるので、財務体力がない者が使うにはハードルが高い。このハードルを下げるには、ローカル5Gを複数社で共同利用することを可能とし、コスト負担の軽減を図る必要がある。このため、共同利用を可能とする制度整備が不可欠である。
強化していきたいポイント、将来に向けて考えられる行動
鉄道事業者が抱えている共通の課題を解決するという当初の目標を達成するため、まずは東急電鉄向けのソリューションの完成度を高め、さらにこの汎用化を進めることで他社に展開していきたい。また、列車に搭載したカメラの映像は、沿線設備異常の自動検知以外の用途があるのではないかと考えており、この用途開拓も進めたい。
将来的に展開を検討したい分野、業種
鉄道事業者向けのソリューションは高速道路や空港にも展開できると考えており、将来的にはこれらの分野への展開を検討したい。
本記事へのお問い合わせ先
住友商事株式会社 5G事業部 山田晃敬
e-mail : akinori.yamada@sumitomocorp.com
TEL:070-3832-1594