本メルマガは、IoT価値創造推進チームのリーダーである稲田修一が取材を行ったIoT導入事例の中から、特に参考となると感じた事業や取り組みを分かりやすくお伝えする見聞記です。

ここに注目!IoT先進企業訪問記 第88回

感性とAIの融合-大学発の研究成果をビジネス化した感性AI株式会社

1.  はじめに

 感性AI株式会社(本社:東京都調布市)は、京王電鉄株式会社と国立大学法人電気通信大学坂本真樹教授の共同出資により2018年5月25日に設立された電気通信大学発のベンチャー企業です。同社が提供するクリエイティブの印象を可視化するツールである「感性アナリティクス」を初めて知ったのは2021年です。非常に面白いツールだけれど大学発の手作り感が残っており、ビジネス的に大丈夫かなという印象でした。また、インフラ事業である鉄道事業を運営する京王電鉄が感性に興味を持ったことも意外でした。

 このツールと再会したのは2024年です。使えるツールに進化したというのが第一印象。感性という捉えにくい対象をビジネス化するのは、簡単ではありません。また、大学発の技術をビジネス化するにはさまざまな工夫が必要です。このような困難に挑戦した同社の取り組みについて紹介します。

2. 人の感性を定量評価するAI

 市場競争が激化する中、感性は価格競争を避けるための付加価値を創出する手段として注目されてきました。顧客の感動や共感を得ることで生まれる価値をビジネスに上手に活用できれば、それが商品の競争力強化につながるという考え方です。

 しかしながら、感性は定量評価が難しい人間の知覚的能力です。感性は人によって異なります。例えば、商品名に対する印象を表す言葉には「やわらかい」「なめらか」「楽しい」「現代的」「個性的」など多くのものがあります。そして、人によって使う言葉が違います。商品名に対する印象を定量評価するモデル構築に取り組んでも、感性にはもともとフワフワしたところがあり、ビジネスに活用できるレベルの精度確保が難しかったのです。

 この限界突破に貢献したのはAIです。収集した多くのデータを機械学習などの手法で分析することで、人の印象を数値化するだけでなく、精度向上にもつながったのです。感性評価の精度が向上すれば、それはパーソナライズされた顧客体験を実現するための手がかりとなる情報であり、化粧品や自動車など顧客の感性にフィットする商品開発、広告やマーケティングの最適化、レコメンドの的確性向上など、多くの適用分野が見えてきます。

 このような感性評価の定量化というAIの新たな適応領域の開拓に、いち早く取り組んだ企業の一つが感性AI株式会社なのです。

3.   感性AIアナリティクスの概要

 感性AIアナリティクスは、ネーミング、キャッチコピー、パッケージの感性価値を分析し、訴求力向上を実現するAIツールです。印象評価アンケートデータを学習したAIによって、新たにマーケティングリサーチなどのアンケート調査を行わなくても、ネーミングの語感、キャッチコピーの印象、パッケージデザインの感性評価を瞬時に分析・可視化することができます(図1参照)。

図1:感性AIアナリティクスの主要機能
(出所:感性AI提供資料)

 このツールは、商品の企画時には開発デザインの印象評価などにより開発コンセプトに合致する商品の実現、消費者の感性により働きかけるネーミング選択などに貢献します。商品やネーミングの印象評価のためにモニター調査を行うと、ものによって異なりますが半月から1か月程度の時間と数十万から数百万の費用が必要となります。感性AIアナリティクスは、モニター調査の省略や対象の絞り込みなどに活用することができ、調査費用の削減や業務の効率化に貢献します。

 また、過去に好評だったパッケージやコンペなどに提出したクリエイティブ・プロダクトの評価と過去事例の評価を組み合わせて分析し、注目や好評を集める要素や顧客の好みなどの把握に活用することが可能です。実装されているテキストマイニング機能やニュース分析機能をアンケートや口コミの分析、ニュース記事分析による1週間のトレンドキーワードの把握などに活用することもできます。印象評価で示される形容詞を、アイデアを出すためのブレーンストーミングに活用している顧客もいます。

 さらに意外な効用ですが、社内のコンセンサス形成にも貢献します。感性は人によってモノサシが異なるため、商品のデザインやネーミングなどについてコンセンサスを得る作業は楽ではありません。感性AIアナリティクスを活用すると、多くの人の印象評価データに基づく分析結果というエビデンスを示すことができ、意見の相違をソフトに吸収することができるのです。

 なお、感性AIアナリティクスは、一般社団法人日本クラウド産業協会のASPICクラウドアワード2024において、AI部門の総合グランプリを受賞しています。

4. 大学発技術のビジネス化

 同社のコア技術は、図2に示すように電気通信大学の坂本真樹教授が中心となって行った研究の成果がベースとなっています。同教授の研究の特徴の一つは、オノマトペ(擬音語・擬態語)の数値化を通じて、感性をAIに取り入れる点です。「きらきら」「ふわふわ」などのオノマトペを機械学習の手法で分析し、これらの単語が持つ感性評価値を導出しています。

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図2 感性アナリティクス株式会社のコア技術
(出所:感性AI提供資料)

 一般に大学発の研究成果をビジネス化する際には、大きな困難が付きものです。学生が開発したソフトウェアは品質が保証されていないため、最初から開発し直すことが一般的です。また、開発されたAIモデルは、学生を被験者としてデータ収集したケースが多く、AIモデルがバイアスされている可能性があります。また、データ数が不十分でモデルの精度が十分ではないなどの懸念もあります。このため、AIモデル構築のためのデータ収集もやり直すことが一般的です。さらに、ビジネス価値創出につながる取組みや収益性を高めるビジネスモデル確立というより高いハードルも乗り越える必要があります。

 同社もビジネス化にあたってこの困難に直面し、開発やモニター調査をやり直しています。この作業の中で一番苦労しているのは、顧客の「この分析結果は正しいのですか」という質問への対応です。これを確かめるには、感性AIによる評価と実際のモニター調査の両方を実施し、その結果の相関性を一定レベル以上に高めていくことが不可欠です。それで顧客の信用を得ることが質問への回答につながるからです。

 また、ビジネス化のためには単語解析に加え文章や画像の解析も必要だと判断し、利用データを拡張しています。サービスを改善するために顧客であるマーケターへのヒアリングを繰り返し、顧客が必要とする機能提供に努めています。さらに顧客と協働で、感性AIアナリティクスを業務プロセスの中に組み込むというビジネスモデル確立にも取り組んでいます。

5.  産学連携が成功している理由

 このようなビジネス化のプロセスの中で大学との連携がうまく進んでいる理由は、坂本教授の考え方に共感した技術者が同社に来てビジネス化を進めているからです。また、大学の研究室で開発すべき事項と同社で開発すべき事項を上手に切り分けながら、そして、感性AIに興味を持ち大学の研究室を訪れた企業を協創パートナーとして取り込みながら開発をすすめています。それを後押ししているのは、京王電鉄の沿線にある大学の研究成果を産学連携で社会に出すことにより、地域の活性化を図るという揺るぎない方針です。

 感性というキーワードは、安全・安心、信頼性、定時運行など鉄道事業のキーワードとは異なります。しかしながら、現在は今までの価値を維持しながらさらに新しい価値創出が求められる時代です。感性というキーワードが従来のキーワードに加わることで創出される価値がどのようなものになるのか、今後も継続的に見守りたいと思います。

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